先日の日曜は、朝から気づけば食事もせずに夕方にかけて、それこそ戦場のような仕事場にこもり、夕方、中央郵便局に急いだ。一区切りつけた夜は、高揚したまま眠れず。ずっと手つかずだったデスク周りから書類を片づけ、散乱した洋服の整理をし、それでもまだ眠れないので薬を飲み、久しぶりに小田さんの「クリスマスの約束」を聞きながら布団にもぐりこんだ。
「ひこうき雲」を歌った年のものだ。心からしみじみとして、ほろりとした。小田さんのおしゃべりが楽しくて気づくと、もう午前3時を回ってしまっていた。 翌日、寝不足のなか授業をする折り、何となく私の心のなかに小田さんの残像があり、小田さんが私の頭に降りてきたように感じられた。学生に対して冗談を言う口調も、どことなく小田風になっていることに気づく。ちなみに私が授業中に冗談の二つや三つを言うのは、関西人だからとか、学生からのウケ狙いとかではなく、単純に自分が気分よく授業するためという趣味的な問題である。 「今日は教室の外が騒々しいですね・・・。ま、今日は一斉ゴミ出し日ですからね。ガタガタ音がしても皆、あんまり気にしないで・・・。気にしないと言えば、私は高校の頃、よその学校に借りていたコントラバスを階段からゴロゴロっと落っことしたことがありましてね・・え・へへっ、今だから言えることすが、なんと、それを黙って返してしまったという・・・(笑)」といった感じだ。 「といった感じだ」と書いても分かる人はきっと誰もいないだろう。が、私の友人で小田ファンの大学教員は「授業んときは、絶対、シャツかジャケットの袖をまくってやってます。小田風です!」と嬉しそうに報告して来るわけで、ファンとはこうした当事者同士しか分からない極めて不可解な存在なのである。 今日は日頃、それほど沢山話す機会もない友人たちからメールなどが届く。 短い軽いノリのもの。長い長い近況報告。ちょっと涙ぐむほど感動的なもの。どれも嬉しいものだった。それぞれの人たちが自分の人生に向き合って、複雑さを抱えながらも真摯に生きていると思うだけでなんだか勇気づけられた。さして辛いことがあったわけでもないのに「心が疲れている」と日中、自覚していた私は窓を開けてうんと伸びをした。 しあわせであるかどうかは自分で決めることだ、と改めて思うのであった。 |
些末な事柄から、そうとは言えない事柄まで肩に背負っている荷物がいささか重く感じる。
軽い足取りで歩きたい。口笛吹きながら。 いつもスニーカーを履いているようなフットワークの軽さで走り出したい。 という気持ちが一杯になって、久しぶりに髪を切る。 同じような長さを行ったり来たりしているだけなのに、美容師さんには「頻繁に髪型を変えたいひと」だと思われているようで意外に感じる。でも、本当に何年も全く髪型を変えない人も決して少なくないうえ、「お任せします」と一言だけ言う女性も結構多い、と聞いて少し驚く。 先日、本屋で雑誌を立ち読みしていると、高校生女子がふたり、ティーン向けのファッション誌を観ながらタレントやモデルの髪型や服装を寸評していた。本人たちはきっと気づかないのだろうけれど、あのくらい大きな声で話すのならば、周囲に同じ話題を共有しましょうと参加を促してるようなものだ。でもまぁ、歓迎はされないだろう。ちょうど「このショート、めちゃ可愛いよな!!」と一人の女子が叫んだので、そろそろばっさり切りたいと思っていた私は「おっ??」と小さく反応する。 「でもさぁ、切ったらやっぱ後悔せーへん?(でも、二週間で伸びるよね)」「最初っから短いひとはええけどさ、中学んとき、ショートにしたときむちゃヤバかっったもーん(やばいって??)」「でも、せめて・・・このくらいやったら思い切ってもええなぁ(どれどれ?!)」と指さしている先を、好奇心から思わずそっとのぞき込んだ。それは、しっかり肩の長さまである今風の重めボブであったため、勝手なこちらの事情で非常に残念に思う。 そういうこともあって、「すぱっと短く!」とリクエストすると、「えっ、どうしたんですか、いったい急に。夏に向けてって感じなんですか」などと改めて問われる。「ええ、まぁ、すっきりしたくて」。 正確に答えるならば「いま、変化がほしいから」。裏を返せば「滞っている感じがするから」と言うことになるだろうか。 そんな訳で、明日からは重い荷物を背負える筋力づくりをする。 髪を切った日は、携帯でセットされた髪のフォルムを記録。 |
先週、ドアを全開にして風を通していたら、不覚にも「ゴ」を招き入れてしまった。私の研究室はテラスの扉と、階段踊り場の正面に位置するのだけれど、テラスからの吹き抜ける風に流されるようにして、私の研究室にヤツは紛れ込んでおった。こちらに来てから、こうした経験は初めてだったので、心で「ぎゃーーーっ」と絶叫した私は、それでも果敢に退治に挑んだ。一秒でも、ヤツと一緒の空間に居続けることを想像するだけでも卒倒してしまいそうだったからだ。
どちらかと言えば(きっと)小さい方だし、動きも(たぶん)今ひとつ機敏でない。自分に言い聞かせて油汗をにじませつつ、背後からしのびより、ふるえる手にはティッシュの10枚重ね。えいっっ!しかし、一瞬のことで逃げられたうえ、最もよからぬことには、隣の実習室に扉の隙間をぬって逃げ込んで行った。それが先週末のことである。 部屋には食べるものはいっさいない。どうかどうか何処かに消えてくれと祈りながら、ホウ酸団子などを買って行くのを忘れたので、私は週明け早々、「ゴ」が歩いたかもしれぬ床におののきならがら、雑務の多さに帰るに帰れない一日を過ごした。 実は、私の研究室とさほど離れていない場所に「調理実習室」があるのだ。着任して間もない若いN女史は、「あいつが実習室に出るんですよ!!!ゆるせませーん!」と憤慨し、すさまじい勢いでホウ酸団子を置きまくった。その結果、周辺の部屋では、お亡くなりなったままひっくり返っている姿がたびたび見受けられるとかで、そのあたりの実習室にたむろする学生諸君から苦情があり、やつらを「つかみ取る」何かを買ってくれとせがまれた。私はお金は出してあげるから「買ってきてちょうだい」とせがみ返した。学生に対応する係をしているが、まさか「ゴ」退治に奔走することになるとは。 本日の話題が「ゴ」で終わるのは、心底いたたまれないが、まだ続きがある。とある年配の方に「全部、発音するだけで身の毛がよだつので、ゴ・・・としか言わない」と告白すると、「あらぁ、おもしろいわね。この界隈ではね、彼らのことを、タロウって呼ぶみたいだわよ」と、一瞬、耳を疑う話を聞く。 男性陣は、やつが現れると「あぁ、タロウだな」とまるで季節の風物詩でも見つめているように慈しんで傍観しているのだと言う。女性陣は「タロウよ!!早く退治してっ!」と叫ぶらしい。本当の話なのだろうか。 私はお隣の飼い犬を遠くからそっと「タロウ君」と呼んでかわいがっていたのに、あまりにショッキングな話だ。明日からは彼のことは「ジロウ」と呼ぶことにしよう。だって、アレと同じニックネームだなんて悲劇としか言いようがない。 と言うことは、昨年、バス停に向かう階段をダッシュしているときに、ふと目をやると私の隣を同じようなスピードで併走していたあいつも「タロウ君」なのか。そんな風に呼ぶと、もしかするとちょっと可愛いかもしれない・・・なんて、誰が思うだろう!!! |


Megjician(07/04
Meg(07/03
ken(07/03
Meg(06/30
miho(06/29
Meg(06/27
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