
「頭に巻いてるのなぁに?」
「これはね、スカーフよ。水玉のスカーフ。
ヘアバンドの替わりに巻いているの」
「かわいいわね。よぉ似合おうとるよ」
「ありがとう、おばあちゃん」
ようやく帰省の機会を設けて、祖母を見舞ってきた。
会うたびに、ちょっとずつ小さくなっていく。もうすぐ天国に行ってしまうかもしれない祖母のことが気になっていて、夢にまで出てきた。「おばあちゃんに会いに行ったのに、もう会えない」という起きたら涙が出るような夢だったのだ。
「わたしね、今、○○県にいるのよ」
「あー、しっとるよ(うんうん、とうなずく)」
「それでね、大学の先生してるの。うちのお父さんと一緒よ」
「うん、わかっとる、わかっとるよ(また、うなずく)」
「そっかぁ。女学校じゃぁないよ?」
「うんうん(ぜんぶ、ちゃんとわかっているという風情)」
「あんたの・・・その・・・”はちまき”可愛いよ」
「うん、ありがとう、おばあちゃん。これ、はちまきに見えるよね(笑)」
祖母は私の暮らす町を今度案内してね、と言った。
それでまた、あんたに会いたいから「生きてる」と言って手を振ってくれた。
父。「お父さんの原稿が仕上がるまで居てくれよーぉ」
娘。「やだっ。帰る。仕事があるもん。できたらメールで送ってよ」
父。「夏休みだし、仕事なんか、休めばいいじゃないかーぁ」
娘。「だって、まだ、お父さん。全然っ、できてへんやん。」
父。「できるよ。もう、すぐにできるぞ」
父は作家ではなく学者だ。
だから言葉の概念については、自らきちんと定義すればよい。にもかかわらず、「ね、○○って言ったときとさ、○○の○○って言ったときと、○○論って言ったときと、どう違う気がする?」などと昔からよく聞かれた。面倒だから「わかんないよ」と言うものならば「そんなこと言わずに考えてよ」と責めるように言う。今ならば、最初の○○の上位概念が二番目で、三番目は一個の哲学だから相対的なものだ、などとある程度の言葉を持つようになったので、父の独特の質問がはじまると、答えられないほうがどことなく屈辱的な気分にさせられる。

しかし、父は質問の相手を選ばない。突然リビングに現れて「ママ!!辞書で○○と△△の違いを調べてよ!」などと言うことがあるそうだ。母に「そこに辞書があるでしょ。自分で引きなさい」と叱られるそうだ。今となっても「あれ」と「これ」の似たような言い回しの”違い”を聞かれるそうだがは、母は「私はね、どっちでもいいわ」と最近は答えるそうだ。「ママったら・・・どっちでもいいわけないだろう!」とブツブツ言いながら仕事部屋に戻り、夜な夜な仕事をしている。部屋にはもう2ヶ月以上も広げっぱなしの沢山の本や辞書、論文。母曰く「閉じると分からなくなるから掃除もできないの」
でも、まだ、求められてすべきことがあるって素敵。
そう思いつつ、今回の帰省から戻ると、さぁ、自宅ポストに早速お仕事。
よし、明日からまたがんばるぞ。
Satoさん、akasakaさんが二度目の「おデート」をしたらしい。「akasakaさんは、ご飯を綺麗に残さず全部食べていた」と報告を受けた。お二人のために撮影時には雨が降らないようにてるてるちゃんを5体も作って「あめ、降らないでね」とお願いしておいたけれど、全然効き目がなかった模様。でも、私は帰省中、少なくとも屋外にいるときに雨に一切遭わなかったので、てるてるきょうだいは私にすべて味方したらしい。でも、「ふたりが仲良く楽しめますように」は通じたみたい(笑)
Meg(09/08
akasaka(09/08
Meg(09/05
akasaka(09/05
Meg(09/04
yui(09/04
Meg(08/24