風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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燃え尽きるまで。 :: 2009/01/30(Fri)

 卒論指導も佳境を迎えている。間もなく発表会時期も迫り、割と鷹揚なペースで書いていた学生でさえ相当、必死だ。私自身も、上手には手を抜けない性なので、ほかの仕事も抱えながら結構つらい。「てにをは」まで徹底して修正の指示を出さずにいられないのは、父譲りかと思う。

電波時計は止まらない。のは嘘。 ふと、自分もまた、かつて長すぎる学生時代、色々な先生に拙い論文を読んで頂いたことを今更ながら思いだしてしまう。主査よりもむしろ、副査を担当した審査員の先生が、熱心に読み込んでくれて、細かにいろいろな指摘をしてくださったのだ。あんなに面倒で自分の実りとは一切関わりない仕事を厭わずやってくださる人々に、私は出会って恩恵を受けてきた。そういえば副査の一人の方が、父の古くからの知人でもあり、当時、私に対しても名字で呼ぶと混乱するので、「めぐみさんへ」という手紙をくださったのだ。論文の助言を色々と書いてくださった事を急に思いだした。

 良い部分については褒め、理論的なねじれや不足分を指摘してくださった。あぁ、なんてよい指導者だったんだろうと今頃になって、涙が出そうなくらい感謝してしまう。
 そんな事を思いだしたのも、ゆうべから気力や体力が尽きるのと戦いながら時間もなく、しんどい、しんどいと思いながら、ゼミ生達の論文修正に時間を費やしていたせいだ。今日の夕方になって、ようやく最後まで一通りの赤を入れ、助言を加えた。まだこの後、何度となくやりとりは続くだろう。添付したファイルを送ったあと、間違いなく届いたかを確認するように携帯に連絡を入れた。
 「ありがとうございます!もう燃え尽きるくらいの気持ちで頑張ります」だって。
 体育会系だもんね。最後は燃え尽きないとね。
 そんな折々の言葉と、そうしてこれまで支えてくれた人たちの存在があるから、きっと、今もこれからも何とか日々を乗り越えられるだろう。

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逆転現象。 :: 2009/01/28(Wed)

 母が食料を沢山持って我が家にやって来る。というのが、何となくここ最近、四季折々の行事らしくなってきた。先日も、助けてメール一報でぱっと飛んで来てくれたかと思うと、翌日には、またぱっと帰って行った。実家には、基本的にもっとも手がかかる父もいる。

 母曰く、祖母が亡くなってから、やはり「ちょっとさみしい」らしい。祖母のいる病院に日々通うという日常が、祖母の存在ごと消えてしまった。無理もないと思う。
 その後、最近になって少々体調が芳しくなく、風邪も悪化して、医者に、「念のため検査をしておくように」と命じられた母は、多少気弱になって、「私、この人生にいったい何を残せたのかしら。本の一冊も書いてないし・・・」と思えてならず、父にそう告げたらしい。
 
 母達と言えば、女たちが一挙に家庭に入ることが当然視された世代である。そして、子どもに手がかからなくなった頃、ふと「私の人生って何だったのかしら??」と行き詰まり、多くが、社会との繋がりと「私自身」を取り戻すべくもがいた上、ボランティアをはじめ様々な社会活動の担い手となって行った世代。母もしかりだ。私が小学生の頃、確か保育士免許を取った。が、それは活かしきれず、その後、幾つかのボランティア活動を続けて今に至る。

 それはそうと、先日の母の質問に、我が父はこう答えたそうだ。
 「子どもをちゃんと育てあげたとか、そういう気持ちはないの?」

 母は「あれ(私)のどこが、ちゃんと?!」と思ったことだろう。「え?ないわよ?全く、全然、ちっとも。だって、ずっと手がかかってるじゃない」と答えたそうだ。ごもっとな。
 つまり、こういうことだ。一般的には、「子の巣立ち→ちょっとした寂しさと開放感→自分の親の看取り→寂しさ(と、幾ばくかの安堵感)」というライフコースを辿るものが、母の場合は、自身の親を看取ったあとの寂寥を先に実感し、「巣が空っぽになった(子育て終了しました)」という感触は未だなし、というわけらしい。
 
 あらぁ・・・まぁ・・・それはゆゆしき事態じゃが、いかんともしがたい。と思いながら、今日も母のきんぴらをご飯の上にどさっと乗せて、ばくばくほおばっている幸福な娘なのだった。

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海の見える場所で。 :: 2009/01/25(Sun)

 市内から特急に乗って1時間ちょっと。

土曜日にとあるシンポジウムにお招き頂いての講演。赴く前に、方々で町の様子を噂を耳にした。「なかなか開けた町なんだよ。いい所だよ。市民意識が高いから、テキトーな事言ったら潰されちゃうよ、簡単に(笑)」おおむね、そんな言葉を聞いた。

 講演では、大勢集まった年長者ばかりの共感的なムードのなか、気持ちよくお話させて頂く。何だろうか。若い学生相手の授業では得られないこの受容感は。それはともかく、夜も遅い時間帯の会に、わらわらと大勢の人が公民館に集まってくるあたり、やはり人々の問題意識の高さをうかがわせた。会場になった公民館のエレベーターで「4階に行くには3階で下りるんですか?」と乗り合わせたおじさん達にマヌケな質問をしたのは、事前に「4階に行ってください」と言われたせいだ。「ん?ここは3階までしかないんやで。シンポジウム?それ、3階」と言われる。そして、案の定、3階までたどり着いてから「あっ!!もしかして、大学から来てくださった先生でしたか。たいへん失礼しました」と言われる。

 会では手応えが感じられた。嬉しかった。何だかわくわくした。話を聞いてくれた人々の顔を思いだした。深夜になって温泉に長く入っていたこと、もしかして喫茶店で飲んだカフェオレのせいだろうか。疲労はピークなのにちっとも熟睡はできず。それでも、朝が来たとき、真っ先に大きな窓のカーテンを全開にして、私は思わず感嘆の声をあげた。まばゆいばかりの快晴の空と、真っ青な海である。

お気に入りのカレンダー  コーディネータの男性が、何から何まで至れり尽くせりに準備をしてくれて、宿は町一番のリゾートホテルを予約しておいてくれたのだ。ツインの広々したテラス付きの部屋だ。夜はシンポジストの方々とお茶会をして交流を深めて、ホテルに戻るともう11時近かった。それでも折角なのでホテルに付いている温泉を満喫し、部屋では、あっちのベッドとこっちのベッドと、窓側の長いソファにそれぞれに寝そべって一日の出来事を思い起こす。
 翌日、ホテルにはコーディネータの方が、ご夫妻でお迎えに来てくださった。手厚いもてなしと、どうもありがとうの言葉。

 ついでに、「また、やろうな。ね!?」がくっついて来たけれど、思わず「はい!また呼んでください」と言ってしまう自分なのだった。前日までの深い苦悩は、海の青さと、報われた想いと共に瞬時に消えて忘れるらしい。
 また、次に「やってみよう!」と挑んだ結果、こんな気持ちになれるとも限らないし、この先、挫折だってするかもしれないけれど、こうして、「中吉」のおみくじを引いてからの毎日が続いている。

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自己責任。 :: 2009/01/24(Sat)

 センター入試に引き続き、本日、週末のお仕事2週目。今日はちょっと遠くまで赴いて、中規模程度のはじめての講演会。来週末も入試業務が続くため、断然、体力不足は否めない。
 今週は長く喉が痛んで仕方がなく、夜、帰宅後から眠る前まで少しの時間があっても「仕事をしよう」などといった志気は全く上がらない。よって、自尊心も低下の一途を辿る。それでも引き受けたからには、最低限の責任を果たさねばならない。一昨日は、ほぼ一日、完全に頭も体も”機能停止状態”に甘んじた。気重で苦しくて仕方がないのだけれど、惰眠をむさぼり断じて仕事をしなかった。

 当然、昨日は、夕方授業が終わったあとゼミ指導をして、その後に巻き戻しをせねばならない。アウトラインは決め、ラフスケッチをしたものの、着地点を探してもっとも苦しい時間が刻々と過ぎていく。ようやく目処が付く兆しを感じたのは9時半頃だ。10時台の最終バスで帰宅するつもりが、研究室に財布を忘れてきたばかりに、乗りそびれた。そこで諦観し、研究室に戻るやレジュメを見なおし、そのまま印刷室で輪転機を回す。一日前に出来上がっていれば、役所に印刷を頼めたものを。
 そうして、タクシーで12時前に帰宅する。こんな綱渡りでは質高い仕事はできまい。でも、どうやっても体が動かずに苦しいときはこう考える。「どうせ、後から責任を取るのも後悔するのも、苦しくなるのも誰でもない、この自分なのだから」
 
 さて、本日は夜からのシンポジウム。勉強熱心なおじさん方が大勢いらっしゃるそうだ。いじめられませんかね、私?と代表者の方にお尋ねすると、ぐふふふと不気味な笑み。
 なるように成るわ。今日も風に吹かれてFun More Time!

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スーピー君のいびき。 :: 2009/01/18(Sun)

 ようやく終わった入試業務。

 もう、足も腰も、首も肩もごりごり凝って、頭痛もピークで帰宅する。ただ黙って、監督しているだけなのに、何故にここまで体がボロボロになるのだろう。女子手洗いで、少し年長の方々が「お金はいらない。お休みがほしい~っ」と言い合っていた。とても同感。金曜も遅くまで働いて、土日の2日、監督業務をした人が月曜の午前中から会議・・・なんて働き方は一時的に乗り越えられても、持続可能な働き方と思えない。

 さて、今年の受験生たちの様子。ほかにすることがないので自ずと観察眼が増してゆく。今年は、鉛筆やけしごむ、鉛筆削り、答案用紙、色々なものを試験中に落っことしていた。さっぱり理由は分からないけれど、今までで一番「床に落っこちたものを拾ってあげる」仕事が多かった。昨年は、必ず終わり10分前になると、毎回手を上げて「トイレに行きたい」という男子がいたっけ。
 今年の一番主を私は「すーぴー君」と名付けた。ちょうどお昼ご飯を食べた3科目目だっただろうか。椅子に座った私の目前で、試験開始後10分も経たないうちに、スーピーと気持ちよさげな寝息を立ててお眠りになった、ちょっとふくよかな男子生徒。解答用紙は見たところまだ真っ白。同時に、すーぴー君の寝息は、もうちょっとで「イビキ」に届きそうな音量でハラハラした。どのあたりまで大きくなったら、注意喚起をすべきか実際、かなり迷った。そうこうしているうちに、彼はむっくりと目を覚まし、おもむろに問題を解きはじめたが、どうやっても眠いらしく、寝たり起きたりしていた。

 それにしても、毎年、毎年、受験生たちの監督者、あるいは周辺の人々に対する「クレーム」内容は微細に渡る。たとえば隣の生徒が持ってきた時計の音が響いて気に障る。監督者が見回りで歩き回るときには、足音は消してほしい。本日はじめて聞いたのは、受験者状況報告の用紙を取りに来る人が廊下を遠くから「ひたひた」歩いてくるのが気になる。などなど。気にしないでねとしか言いようがないが、すべて厳重注意として休み時間に我々には神妙なる呼びかけがあるのだ。

ふたりで歩く。 それを聞いていた私が、側にいたオトモダチの哲学ガールに、「じゃさ、もう、歩くときは床から浮くしかないよね」と言ってみると、厳粛な場だっただけに、余計おかしかったらしく「それ、見ちゃった子のパニックぶりには責任持てないよね!(笑)」と笑い出した。「でもね、ほら。私みたいのだと霞を食って生きてるって感じでしょ?ちょっとくらい浮いてても違和感ないかも?」と私。「あー、言えてるぅ!!きゃはは」とか何とか、そんなアホな話の一つや二つして、笑っておかないともう夜まで精神力は保たない我々だった。
 帰宅時、頭が割れるように痛かった。哲学ガールには「あなたのお隣のお店で、パスタとチーズケーキ食べて帰りたーい!」と言われたが、とてもおつきあいできず、残念だった。
 
 みなさま、本当に、本当に今年もおつかれさまでした!と言っても、これからが入試シーズンの到来です。年度末に倒れないように、上手に生きましょう。

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理由なき :: 2009/01/16(Fri)

  理由なき反抗
  
  理由なき闘争

  理由なき犯罪

  理由なき解雇

  理由なき不正

  理由なき閉鎖


  ほんとうは、もう何十年もこびりついた煤のように
  真っ黒に放置された「りゆう、りゆう、りゆう」が
  もはや、どうやっても剥がれない

  心の色を教えてよ。

  うつくしいものは、

  理由をもとめない

  
  
  嬉しくて落ちた涙
  こぼれた笑顔

  そよぐ風 
  冬の夜空

  出会った奇跡
  解き明かされないままであっていい神秘
  
  あの人の歌声
  
  愛するあの人が、生きてくれていること  

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誇りを持つ。 :: 2009/01/15(Thu)

 駅前には全面ガラス張りになった割と大きな交番がある。今日はそこに赴いた。しょっちゅう交番の目の前にある横断歩道を信号無視して自転車で渡っていたので逮捕された・・・わけではなく、無くした手袋を受け取りに行ったのだ。

 月曜に大阪の実家から戻り、仕事場に出勤する前に、急いで自宅に戻る必要があったのでタクシーを利用する。
 駅前に留まっているタクシーは「日本一ガラが悪いのではないか」と、内心思っている私は、最近、乗車するときには、相当注意深く、丁寧に「短い距離ですが、構いませんか」とお伺いを立てる。「ええ!そんなこと気になさらないで!ご遠慮なく!!」と東京の運ちゃんは言うそうだ。大阪の運ちゃんだって、意外と紳士である。いつも自ら席を下りてトランクから私の旅行バッグを下ろしてくれるし、「お気を付けて」だの「おやすみなさい」だの「お忘れ物ございませんか」などと言って微笑むのだ。
 以前、暮らした町のタクシーの運ちゃんの一人には「おっちゃんの船にいつか乗せてあげる」とナンパされたことはあったが、皆、気のいい人が多かった。要するに、私はこの町に来るまで「タクシーの運転手」という職業に何の不審も持ち得ずに来られた幸福者だった。

 話を戻そう。「短い距離でもいいですか」の質問に、駅前タクシー運転手は、面倒くさそうに首をタテに振った。もちろん感じはよくなかった。と言っても感じがよい人のほうが圧倒的に少ない。ある者はやたらに運転が乱暴だったり、あるときは、自宅付近の大きな病院を知らぬ存ぜぬで通して私を威圧した輩もいた。白タクに運賃を余分に取られたこともあった。そうやって私は僅か2年足らずで何度となく通報したり会社に苦情申し立てをしている有様なのだ。
 その日も、私は小さくため息をついた。どこそこのあたりまで行って頂けますか?と丁寧に申し上げても、返事もしない。きっと彼は自分の職業に何一つの誇りを持っていないのだろう。こうゆう時、近頃の私は、身を乗り出して、助手席の前に立ててあるネームプレートに書いてある運転手の名前を小さな声で読み上げながら、携帯電話の下書き欄に、会社名とその運転手の名前を入力する。いわゆる私なりの『ブラックリスト』作成である。下りるときには、にこやかに「どうもありがとうございました」と一応は言う。最後の最後までこちらはあくまで丁重な姿勢は崩さないのが、自分の意地だ。本当は心底、「悪いやつには天罰よ、くだれ」と祈っている。

 ところが、そうした私の心のどす黒い感情が招いてしまったのか、自宅に着いた折りに手袋が右手だけ見あたらない。きっと、さきほど携帯に打ち込む際に無意識に取って、バッグに入れたつもりが、タクシーのなかに落としてしまったのではないか。すぐに今、控えたばかりの会社に電話して落とし物をしたかもしれない、と伝える。運転手の名前も分かっている。すると、数分も経たないうちに運転手本人から連絡があり、「手袋は見つかったので、駅前の交番に届けておく」と言われた。なんだ、思ったほど悪い人でもなかったのか・・・あぁ、見つかってよかった、と安堵した。
 職場に赴く前に、直ぐに交番に立ち寄るとまだ届いていないと言われる。そして、今日再び訪ねることができた。『あぁ、はいはい。これですね?』とおまわりさんが笑顔で持ってきたのは、私の手袋ではなかった・・・。私のはそんな薄汚れた茶色いのじゃないくて、指先が黒いんです。もう少し洒落ているんです。どっと悲しい気持ちになった。

 そうしたわけで、遺失物届けを交番で書くように促された。「はぁ・・・もう出て来ないような気がするなぁ。だってね、おまわりさん。私の新年のおみくじに書いてあったんです。失せ物、出てこないって」と言うと、若いおまわりさんは「ボクもですね、仕事が不調って書いてあったんですよぉ。でも、ボクは悪いことは気にせーへんようにしてるんです」。
 おまわりさん、あのね、ちょっとは職業柄、身辺の安全は気にしたほうがいいと思いますよ・・・と心で呟きながら、とぼとぼと交番を出て、また「なんでここに信号機付いてるんだろう?」的横断歩道の信号を、交番の目の前で無視しつつ、「あぁ、こうゆう小さき罪を毎日犯しているから、カミサマは私を罰しているのかなぁ」などと思うのだった。

 せっかっく縁あってやってきたこの町を好きになりたい。と来たばかりの頃、一生懸命に思っていた。けれども、それを阻害するような出来事にも多々遭遇している。
 同僚に、パリと東京でしか暮らしたことのなく、数年前にこの町にやってきたという方がいた。その方がこの春で転出されることを先日知った。彼はよき人だった。バスで会えば、高知の田舎の話ばかり共にしていたのだ。彼にとっては愛すべき故郷であり、私にとっては時に私を踏んづけ、私という人間を鍛えた郷愁の町だったから。

心に愛を咲かせましょう。 小田さんが、かつて「生まれくる子どもたちのために」という曲のなかで、「子どもたちに何を語ろう」と問うた。問題提起である。日本を愛したい。でも、このままじゃ僕らの国は、一体、どこにいってしまうんだろうと気持ちで書いたそうだ。にわかに私のなかで、この一節が、自身の心にぴたりと符号するのだった。
 自身が働くこの町を少しでいいから誇りたい。私たちは、この町に生まれくる子ども達に何を誇れるのか。何を語れるのだろうか。シャッターがほとんど閉まっている商店街。諦めきった自治体。それでも、小さな草の根的な市民的活動は沢山あることがちょっとずつ分かってきた。私が探しているものはこの町にだってあるのではないか。

 まだ、希望は持っていたい。 

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今が成長中。 :: 2009/01/11(Sun)

 以前暮らした町では、繁華街に出るためには大きな川にかかる橋を超える必要があった。それは、とても美しい川だったが、それに気を取られているようでは、とても自転車での川越えは果たせなかった。必ず、誰もが立ちあがって「うんしょ、どっこいしょ」とペダルに力を込めていた。
 ある日の帰り道、後ろから白いソックスを履いた元気そうな女子高生たちが、皆でスピッツを大声で歌いながら見事な立ちこぎで、私を追い越して行った。彼女たちは、河面に反射した光のようにキラキラ青春のまっただ中に感じられた。
 きみのゆくみちは はてしなく遠い~と歌ったのは誰だったのか。寒い夕空の下、先日、取り戻してきためぐ号をこぎながら、この歌を歌っていたのが今日の私である。自転車に乗って鼻歌を歌う癖は直らない。人の気配は少しは気にしているが、いい大人が公共の場で、でっかい鼻歌を歌っている姿は多少、奇異に映るだろう。

 さて、本日の「知らなかった小さき事実」
 ・インクジェットの普通官製葉書は、コンビニには置いていない。
 ・中央郵便局は、夜中も休みの日も窓口が一つ空いているけれど、葉書交換業務はしていない。

 今年は喪中につき、年賀状をくださった方々には寒中お見舞いを早めに書くことにした。それほど多くはないので、この連休中に終えてしまおうと思っていたけれど、連休に入る前には郵便局に行く機会が得られなかった。葉書は、昨日コンビニで調達した。でも、後からそれがインクジェットではなかったことに気付く。普段たくさん写真を撮って貰っているので、できれば、こうした機会にさりげない写真を使いたい。「あ、これ、ひょっとしてMegさんが映ってる?あ、元気なんだな」くらいの親しみを持って頂ければと思う。
 葉書を交換して貰うには、休日でも開いている中央郵便局に行くしかない。でも、たどり着いて並んでいる最中に、「葉書交換業務は、通常の業務時間にしか受け付けていません」との貼り紙を目撃。

 そういうとき、「あぁ、なんて自分らしい結末だろう」と思う。
 いささか粒状が目立つ写真になっても、届けるのは気持ちだ。早いほうがいい。と言うわけで、ようやくインクジェットは諦めて次の行動へ。

時計と祖母の形見。 それにしても、キンと冷えた冬空って切なくていいな。
 たとえ何一つ得られなくても、微妙に散らかってきた部屋のコタツに潜って惰眠をむさぼっているときより、自転車を一生懸命にこぐと、体はぽかぽかになる。
 ゆうべ、自分に与えられている、また遂行したいと思っている沢山の仕事について考えていると、気持ちが高ぶってきて眠れなくなった。それなのに、朝起きると、何故だかどこか気持ちが沈んでいる。そういった事が時々ある。だから、きっと私は寒空の下に招かれたのだろ。自転車を漕ぐ。それだけでのために。
 
 きみのゆくみちは、希望へと続くのである。成功体験を続けているよりも、何かに失敗して、それを取り戻そうともがくときに人は一番成長しているそうだ。そういう気持ちで今年を過ごしたい。

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それでも、何とか生きてゆく。 :: 2009/01/10(Sat)

 今年のお正月休みは、いつになく、日々、何かしらやるべきことがあり、さほど堕落し切ることなく過ごせたように思う。そう言えば、テレビは殆ど観なかった。
 今年は案外、臨戦態勢で居られたのではないか、と勝手に思っていたけれど、休み明けに授業や調査が連続するとすっかり、へとへとになった。
 金曜の授業の学生らは1回生が多く、やたらと元気がよい。多分、私と相性もよいのだろう。「皆さん、こんにちは」と言うと、小学生のように声を揃えて「こんにちはぁ!!」と嬉しそうに答えるような人々だ。嬉しくなってしまって、こちらも大概テンションはマックス。最後まで気分よく授業するのはよいけれど、終わるとしばしば疲弊しすぎて呆然としている。昨日はそのあと、まだ調査が残っていたのを忘れて飛ばしすぎてしまった。

 そもそも、とてつもなく消耗しやすいカラダなのだ。
 今月は、センター入試を挟んで、週末ごとに何かしら仕事が入ってしまっている。本当に上手にエネルギー配分をしなくてはと思う。

 一方、毎日、毎日、相変わらずとんちんかんで、すっとこどっこいな行動は続いている。
 お正月明けの出勤初日は、バーゲンで一目惚れして手に入れた新しいワンピースを着て行くつもりでいた。ところが、朝、ワンピの下に重ね着する白いハイネックセータが見あたらない。おかしいなぁ、昨日まで確かにこのあたりに置いてあったのに。はて、何故消えたのだろうと思いながら、仕方なく第二候補のコーディネートで出かけた。

ワンピース 夜、帰宅して「はぁ・・・つかれたぁ」と思いながらこたつに座って脚を伸ばし、ふと目をやると、正面の壁にディスプレイするように美しく吊してあるセータとワンピース。別に超常現象ではない。久しぶりにカメラを取り出してあれこれ撮影したくて、わざわざそこにネジを打ち込んで洋服を吊したのはこの私なのだ。「はっ!?」
 ちっとも臨戦態勢などにはない。ボケボケの極みだ。
 今年の(守れそうにないけれど、一応立てておきたい)目標その1:
 「翌日の準備は、出来るだけ全部、前日までにやっておく」 

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ひとつずつ、一歩ずつ。 :: 2009/01/05(Mon)

 ここ数日の出来事を幾つか。

 職場から持ち帰った購入したばかりのノートパソコン。まだほとんどの何の設定もしていない段階であった。インターネットのコネクタを差し込んだあと、ネットはちゃんと繋がったことを確認した。そこまではいい。次にコネクタを抜こうとすると、びくともしない。本当に全く微動だにしない。信じられなくて問い合わせをすると、こんなにばかばかしい理由で、会社まで送るようにと言われて愕然とする。 

 朝早く、論文を指導している学生から連絡を受けた。
 「実家から下宿に戻ったら・・・”空き巣”に入られてしまったみたいで・・・」
 あとはもう、泣き声ばかりで何を言っているかわからない。ただ、盗まれたパソコンごと卒論のデータも完璧に消え去ったと、そういった報告だけは、パニックのなかいち早く私にせねばと思ったようだ。
 幸い、学生に身の危険がなかったことだけでも良しとしなければ。直ぐに実家の母君が駆けつけてくれるということなので、今は勉強のことは一切忘れて、とにかくしっかりと心を休めるように助言をする。論文のことは任せなさいと言ったものの、実際、かなり困ったことではある。
 盗人は、年末から目を付けていたに違いない。
 さて、締め切りまでのあと僅かの期間に、「失われたデータ」抜きでどう完遂させるべしか。

 次は、ささうやかなりし我がこと。

 『こうゆう場所はな、1回来たらええっちゅうもんやで?』と、諭すようにポンと肩を叩かれるのは、補導された少年が補導員にでも、言われそうな言葉だろうか。
 11月に撤去されためぐ号(自転車1号)をようやく引き取りに行く。事前に電話をして自転車の特徴をすべて述べる。薄汚れたピンク、荷台にはゴムひもを十字がけ、傘ホルダに留まらず首の折れたバックミラー付き、名前も書いてある、住所は以前の町のまま。加えて車に照らされたら光るニコニコ・マークシールまで貼ってあります、と。そのあまりの奇天烈ぶりに自転車はいち早く無事に発見された。

 前述の言葉は、保管所のおじさんに言われた台詞だ。
 「はぁ・・・。すでにここに参りますのは3度目でございます」と私。
 「○○駅の周りには、何処も駐輪禁止なんやで?」
 「はぁ・・・。たいへんよく存じておりましたが、バスに乗り遅れそうでつい。
 普段は地下駐輪所に置くのですが」
 「そうか。うむ。せやったら、もう説教はいらんな?」

よーく物事を見定めて  とか何とか、それでも一通りの「お説教」を受けて、3度目の2500円を払う。おっちゃんに「これはサービスやで」と恩着せがましくタイヤに空気を入れて貰ったので恐縮して見せた後は、頭を下げて寒空の下、きこきこ自転車をこいで帰途に就く。途中で心の慰めにケーキを買って帰ってきた。 
 こんな風に、まずは、深呼吸からはじめ、あらゆることに心引き締めてスタートせねばと思う新年なのだ。でもでも、「失せ物」はこうしてちゃんと出てきたのだ。カミサマ、ありがとう!
 珍しく、実家から戻るや否や、今週末からはじまる授業の準備を終えた。

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生きてぞゆかむ :: 2009/01/02(Fri)

 春は花 秋は紅葉 とりどりに 心楽しく 生きてぞ ゆかむ

 今年も昨年と同じ神社に初詣に出向く。そして恒例のおみくじを引いた。
 ちなみに、私は昨年は大吉を引き当てた。一年をふりかえれば、総じて多忙を極めたが、仕事の幅が広がってゆくことを実感できた。新しい年にもつながる私なりの道を作った一年ではなかったか。
 途中、大きな体調不安もあったけれどまわりのサポートを受ける幸運もあり、何とか乗り切れた。最後は小田さんのツアーにも3度参加し、熱い気持ちで心を新たに出来た一年だった。

 さて、今年は「吉」が付いている運勢であれば、何でもよいと感じていた。少しくらいの試練は、むしろ飛躍のための十分な礎になろう。そんな思いで、がらがらと、おみくじを引いた。

 結果は『中吉』。今の自分にちょうどいい感じだ。

 冒頭のうたに添えられた「運勢」には、このようにあった。「今までの悩みも苦しみもいつか消えて、春は桜、秋は紅葉の色とりどりに心楽しい時が来ます。ただ神様のお助けを祈って心穏やかに授けられた自分の職務に励み善徳を積みましょう。」

 なかなか素敵なお導きである。・・・・・が細かに主な項目を観ておくと以下の通りなのだ。
 
 ○願望:信心すれば災いが去り、少しずつ叶えられます
 (端から「災い」が予定されているのだろうか)
 ○待人:支障があり来ません
 (今年は、人が来なくても、がっかりしないでおこう)
 ○恋愛:非難に耐え勇気を出して御神意に任せば成る
 (非難に耐えとは・・・??)
 
 ○金運:分相応にしなさい 金が逃げます。不和とぜいたくを慎め
 (すでにバーゲンで散在した後です・・・予算オーバーで)
 ○病気:長引く よく祈りなさい
 (夜ごと、ヨガのあとは、神様にお祈りせねば!!)
 ○旅行:早いほうがよい
 (早い?早く決めて早く帰る旅?)
 
 ○失物:出ません 諦めなさい
 (・・・・注意欠損、忘れ物症候群による災難は潔く諦めます)

 といった具合で、今年は健康を大事にしながら、目前の仕事に真摯に取り組み、何事も慎ましさと謙虚さを忘れずに、心楽しく生きてぞ ゆかむ。

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