些末な事柄から、そうとは言えない事柄まで肩に背負っている荷物がいささか重く感じる。
軽い足取りで歩きたい。口笛吹きながら。 いつもスニーカーを履いているようなフットワークの軽さで走り出したい。 という気持ちが一杯になって、久しぶりに髪を切る。 同じような長さを行ったり来たりしているだけなのに、美容師さんには「頻繁に髪型を変えたいひと」だと思われているようで意外に感じる。でも、本当に何年も全く髪型を変えない人も決して少なくないうえ、「お任せします」と一言だけ言う女性も結構多い、と聞いて少し驚く。 先日、本屋で雑誌を立ち読みしていると、高校生女子がふたり、ティーン向けのファッション誌を観ながらタレントやモデルの髪型や服装を寸評していた。本人たちはきっと気づかないのだろうけれど、あのくらい大きな声で話すのならば、周囲に同じ話題を共有しましょうと参加を促してるようなものだ。でもまぁ、歓迎はされないだろう。ちょうど「このショート、めちゃ可愛いよな!!」と一人の女子が叫んだので、そろそろばっさり切りたいと思っていた私は「おっ??」と小さく反応する。 「でもさぁ、切ったらやっぱ後悔せーへん?(でも、二週間で伸びるよね)」「最初っから短いひとはええけどさ、中学んとき、ショートにしたときむちゃヤバかっったもーん(やばいって??)」「でも、せめて・・・このくらいやったら思い切ってもええなぁ(どれどれ?!)」と指さしている先を、好奇心から思わずそっとのぞき込んだ。それは、しっかり肩の長さまである今風の重めボブであったため、勝手なこちらの事情で非常に残念に思う。 そういうこともあって、「すぱっと短く!」とリクエストすると、「えっ、どうしたんですか、いったい急に。夏に向けてって感じなんですか」などと改めて問われる。「ええ、まぁ、すっきりしたくて」。 正確に答えるならば「いま、変化がほしいから」。裏を返せば「滞っている感じがするから」と言うことになるだろうか。 そんな訳で、明日からは重い荷物を背負える筋力づくりをする。 髪を切った日は、携帯でセットされた髪のフォルムを記録。 |
先週、ドアを全開にして風を通していたら、不覚にも「ゴ」を招き入れてしまった。私の研究室はテラスの扉と、階段踊り場の正面に位置するのだけれど、テラスからの吹き抜ける風に流されるようにして、私の研究室にヤツは紛れ込んでおった。こちらに来てから、こうした経験は初めてだったので、心で「ぎゃーーーっ」と絶叫した私は、それでも果敢に退治に挑んだ。一秒でも、ヤツと一緒の空間に居続けることを想像するだけでも卒倒してしまいそうだったからだ。
どちらかと言えば(きっと)小さい方だし、動きも(たぶん)今ひとつ機敏でない。自分に言い聞かせて油汗をにじませつつ、背後からしのびより、ふるえる手にはティッシュの10枚重ね。えいっっ!しかし、一瞬のことで逃げられたうえ、最もよからぬことには、隣の実習室に扉の隙間をぬって逃げ込んで行った。それが先週末のことである。 部屋には食べるものはいっさいない。どうかどうか何処かに消えてくれと祈りながら、ホウ酸団子などを買って行くのを忘れたので、私は週明け早々、「ゴ」が歩いたかもしれぬ床におののきならがら、雑務の多さに帰るに帰れない一日を過ごした。 実は、私の研究室とさほど離れていない場所に「調理実習室」があるのだ。着任して間もない若いN女史は、「あいつが実習室に出るんですよ!!!ゆるせませーん!」と憤慨し、すさまじい勢いでホウ酸団子を置きまくった。その結果、周辺の部屋では、お亡くなりなったままひっくり返っている姿がたびたび見受けられるとかで、そのあたりの実習室にたむろする学生諸君から苦情があり、やつらを「つかみ取る」何かを買ってくれとせがまれた。私はお金は出してあげるから「買ってきてちょうだい」とせがみ返した。学生に対応する係をしているが、まさか「ゴ」退治に奔走することになるとは。 本日の話題が「ゴ」で終わるのは、心底いたたまれないが、まだ続きがある。とある年配の方に「全部、発音するだけで身の毛がよだつので、ゴ・・・としか言わない」と告白すると、「あらぁ、おもしろいわね。この界隈ではね、彼らのことを、タロウって呼ぶみたいだわよ」と、一瞬、耳を疑う話を聞く。 男性陣は、やつが現れると「あぁ、タロウだな」とまるで季節の風物詩でも見つめているように慈しんで傍観しているのだと言う。女性陣は「タロウよ!!早く退治してっ!」と叫ぶらしい。本当の話なのだろうか。 私はお隣の飼い犬を遠くからそっと「タロウ君」と呼んでかわいがっていたのに、あまりにショッキングな話だ。明日からは彼のことは「ジロウ」と呼ぶことにしよう。だって、アレと同じニックネームだなんて悲劇としか言いようがない。 と言うことは、昨年、バス停に向かう階段をダッシュしているときに、ふと目をやると私の隣を同じようなスピードで併走していたあいつも「タロウ君」なのか。そんな風に呼ぶと、もしかするとちょっと可愛いかもしれない・・・なんて、誰が思うだろう!!! |
低床バスから降りてきた二人連れは、一人のおじいさんと介助者らしき女性だった。介助者の女性は、おじいさんの身内の方かどうかは分からないけれど50歳代くらいの女性。おじいさんのその腰はだいぶ曲がっていて、80歳代も半ばかと思われた。彼はゆっくりと、けれど確かな足取りで、女性に手をつながれて降りてきた。
ぱっと目を引いたのは、おじいさんの洋服だ。赤と白の太いボーダーのTシャツに真っ白のパンツを合わせて、頭にはベージュのハンチングを目深に被っていらっしゃる。よく見ると、介助者の女性も何気なくカジュアルで品のよい格好をしていたので、コーディネートはこの女性によるものなのかもしれない。 お年を召してあのような洒落た格好をしている人は、この町ではあまり見かけない。とても素敵だなぁと思って、手をつないで遠ざかってゆく後ろ姿を見ていた。女性は、時折立ち止まり、耳の遠そうなおじいさんのために手のひらに文字を書いてあげているようだった。はっとするほどの鮮やかさと、人の手の平というぬくもりが同居している二人の姿だった。 私も父が老いたら母と一緒に可愛らしい洋服を選んであげて、あんな風に手を引いて歩くのだろうか。そんな日はとても遠い気がするけれど、きっと刻々と近づいてはいるのだ。 さて、母がカメラを買い換えた。5年ほど前に発売されたixyを持っていたのだけれど、この頃、映した写真に奇妙な線が入るのだとか。この際だから買い換えればよいと思って、とにかく「見た目」のみを基準にして選んだのがこちら。http://cweb.canon.jp/camera/ixyd/510is/index.html シックなゴールドがいいんじゃない?と勧めてみたところ、「ううん。私はピンクにする!」と言うので、そのまま即決、注文。すでに母の手元には可愛らしいピンクの新しいカメラが届いている模様。カメラが新しくなっても写真が上手になる訳ではないけれど、日常にウキウキすることが一杯あるのはよきこと。 近頃、とても気に入っている曲。 HALFWAY(Salyu) この人が歌う「to U」に圧倒されて色々検索しているうちにたどり着いた一曲で、何よりこの楽曲がこよなく好きだ。何が琴線に触れるのだろう。ガットギターの素朴な音色。彼女のかすれた低音の歌声、突き抜けるような透明な高音域。私の日々にもあったのだろうか、なかったとしても何故だか自然と心がふるえる青きあの日。「あの」と表現されて描かれる日々はみんな懐かしくて輝いて見える。歳を重ねて嬉しいと思えることの一つだ。この曲を、もし色で例えるならば、若葉色だろうか。 6月。自転車で若葉色の木々のなかを、たちこぎしながら突き抜けてゆくような気持ちで。 |
|
| Top |
|






Meg(11/26
akasaka(11/26
Meg(11/23
miho(11/22
Meg(11/17
Meg(11/17
Meg(11/17