何年も前に母が縫ってくれた白い膝下丈のスカート。小さなほつれや、生地のすり減りも著しい。それだけ履き続けた証なのだけれど捨てられない。これほどまで体型にぴったりのスカートがないのだ。今年はワンピース下のペチスカートとして履いた。さすがにお暇に出そうかなと思った矢先、漂白してみるとまた着られる気になってしまう。母が私専用に型紙から起こして作ってくれるハンドメイドの服は、長いもので10年以上愛用することもしばしばだ。
一方、今年、ネットショッピングで手に入れた、デザインが気に入ったマキシ丈のスカートやフレアキュロットは小さめを選んだつもりでも、想像を超えてオーバーサイズだった。そこで、近所にある「リフォーム・ショップ」を探して出向いて来た。 店は、とても洒落た雰囲気とは言えないものの、所狭しと依頼を受けた洋服が吊られていた。なんでも、「カラオケ大会で着るつもりで買ったドレスなんだけど、合わないから直して!」なんて依頼も案外あるそうだ。 そこで、脱いだり着たりしながら、詰める幅や丈を詳細に相談。お盆休みを挟んで1週間以上は直すのにかかると言われたものの、3,4日のうちに仕上がりましたと連絡をくれた。実は1点、キュロットの裾あげにさえ2800円もかかると言われ、思わず、「これだけは、自分でやります」と引き下げた私。(実際のところは、母がこちらに来てくれている間に、手縫いで仕上げてくれた。) 女性客であれば、夜の訪問も受け付けていると言うので、仕事帰り、引き取りに行ってもいいだろうかと8時過ぎに電話を入れたら「ええねんけどね・・・おばちゃん、もうパジャマやけどええかな?」と言われる。くすっとほほえみつつも、「もちろんです。お気になさらずに」と言って飛んで行った。 「あなたのこれ、気になってしもてね。早よ取りかかってよかったわ」とパジャマ姿でも愛想のよい笑顔の店主。お直しして貰った2枚のスカートは、とても綺麗に仕上がっていて、さすがにプロの仕事だった。7千円以上も支払ったが、好みの洋服が着られるように蘇ったのだから感動だ。体型に合っていれば、こんなに居心地がよく、からだのラインも変わって見えるものかと改めて再確認。 今日は、仕事帰りにデパートに立ち寄り、就職して間もない頃に購入した4℃のシルバー時計を持って行く。少しシルバーが黒ずんで来たので、クリーニングを頼んだら15分ほどで、ブレスレットの部分だけでなく、フェイスも新品同様にぴかぴかになって戻って来たので、いささか感激する。 こうやって自分が出来ないことは外注しつつも、放置せずに少し心を配り、手をかけて貰えたらちゃんと蘇るのだ。そのささやかな実感が、少し自分を勇気づけた。 ぽきっと折れても蘇ることはできる。その方法は、そこから離れることではなくて、自分でメスを入れてアレンジしなおすことにほかならない。さぁ、「元通り」を超える蘇りを果たそう。 |
私は2台の自転車を所有している。いずれも、マンション下の定められた自転車置き場に置いてある。今日、出かけるときに信じがたい光景を目にする。日常的に乗っているほうのピンクの自転車のかごの中に、缶コーヒーの空き缶が二つも放り込まれていた。こういったことは、場所を問わず、過去にも何度か経験があるけれど、2つも入れるってどうゆうことだ?と痛く嘆かわしく思いながら、ふと目をやると、なんともう一台のほうのかごにも、空き缶が無造作に放り込まれている。
誰が飲んだか分からないものを手で触れるのも嫌だけれど、仕方なく3つも拾ってゴミ箱まで持っていく。 想像してほしい。もし、お客が家に来たときに、もう要らないと言って、噛み終えたガムを自分の家の床に吐いたりしたら、一体どんな気分だろう。それと同じなのだと、何故分からないのかな。たばこも、空き缶でも、捨ててはならない場所に捨てた場合は、厳罰に処すべきだと思う。たばこ一本、空き缶一つと思うかもしれないけれど、人々の精神衛生に多大な悪影響を及ぼすばかりか、自然環境も確実に破壊していく。先日、「禁煙ビーチ」でたばこを吸うのを止めようとしない人達の言い訳の数々がニュースで流されていたけれど、もう情けないとしか言いようがなかった。 手をこまねいていても仕方がないので、一応、マンションの大家にある要件で電話したついでに、ポイ捨て事件が過去、何度か起きていることを伝えておいた。せめて、空き缶専用の、丸い入れ口のあるゴミ箱設置などをして、ポイ捨てを未然に防げないか、なども提案した。もっとも、どうやってもゴミ箱に捨てない人間はいるかもしれないが、「はい、捨てる場所はここですよ」と口を開いた物体が目に入れば、何も考えずにそうした行動をしてしまう人は半減するのではないだろうか。 大家は、このように説明する。我がマンションは企業経営者などちゃんとした社会的地位のひとばかりである。よって、そうしたポイ捨てなどする人間はいないとの前提である。マンションには外の人も出入り出来るので・・・こればかりはごにょごにょ・・・と最後は言葉を少し濁した。「ただ、被害に遭っているのは、私だけではないと思うのでお耳に入れておこうと思いまして」と言うと、知らせてくださってありがとうというお礼と共に、この件については、明日もう一度お知らせしますとのこと。 明日から、母来る。ともに真夏の「片づける気にならない症候群」の真っ最中なのでリハビリを兼ねている。母が来るとなれば、最低限には部屋を掃除する私。娘のところに行くとなれば、おそらくいつもより質量アップで家事をこなしてくるだろう母。 |
ここ数日の夜は、NHKで、広島に原爆が投下される前の数ヶ月間を、当時の中学生だった少女たちの日記によって物語化した番組が放送されていた。また別の日は、当時、爆心地のすぐ近くの学校に通っていた男子学生たちが60年以上のときを経て同窓会を開き、それぞれの想いで人生を生きてきた姿をドキュメントした番組も観た。
あの惨禍を「生き残った」ひとたちの想いは計り知れない。ただ、女性たちの多くは笑顔で、みずみずしいあの青春を生きたあの日々を「あんな時代たったけれど、楽しかった友たちとの日々」として語っていた。男性たちの多くは生き別れた家族や友たちの話に及ぶと、涙をぽろぽろとこぼして、言葉にならないでいた。言葉よりもその一つ一つの表情が印象的だったインタビューだった。 そうしたなか、ゆうべは深夜に「夕凪の街 桜の国」という映画を観た。2年ほど前の映画だったようだ。被爆しながら26歳まで13年間を生きた女性と、その姪にあたる現代を生きる同世代の女性二人の想いを通して現在と過去が折り重なっていく。 少し前から気になる女優さんの一人だった麻生久美子が、被爆後の13年を美しく透明感のある演技で演じていた。彼女は心惹かれた人に生まれてはじめて、自分が被爆後に抱えてきた「妹を死なせて生き残ってしまった」苦しみを打ち明けるの。それからまもなく原爆症の病に倒れてしまう。お見舞いに来てくれた恋人を見送りながら、別れるときは抱き合うでもなく、互いに同じ歌を歌いながら、それぞれに背を向けて家路に向かうときの、清らかで幸せそうな笑顔があまりにも可憐だった。それが一層、まもなく彼女がやがて来る命の終わりを悟り、人生を終えていく姿を切なく浮かび上がらせ、溢れる涙はもう止められなかった。 それでも、この映画は悲しみだけではなく、たしかなぬくもりを心に残した。なんでもない日々を生きるということの希望と、生きていくことができるという尊さを感じた。周囲で自分を支えてくれるひとたち皆に感謝したくなった。何故か亡くなった祖母のことまで思い出した。祖母も広島の生まれだった。 時々、真っ白い紙にすっと一本の線を描いて、今日からは線のこちら側の人生をゆこうなど何でもかんでもシンプル化してみたくなる。でも、隙間のある点々の線くらいでいいのではないか。過去は振り返るためにあるのだから、何もおそれず隙間をぬって何度も見に行ったらいい。それは、すべて誰のものでもなく私のものなのだから。本当は、どこにも線などなくていいと思う。ただ、所々に目印をつけながら、ずーっと繋がった過去も今も未来も受け入れよう。「夕凪の街 桜の国」 公式サイト: http://www.yunagi-sakura.jp/ |
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