風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告

顔は洗って寝よう。 :: 2009/10/30(Fri)

 さして寝付きのよい方ではない私には、滅多にないことだけれど、数日続いた睡眠不足と疲れのためか、自宅に戻り、500円のお弁当を食べ、リビングにひっくり返っているうちに急激な睡魔に襲われた。途中、携帯が2度ほどブンブンと鳴ったが、おそらくはそれほど変ではない返事をして以降、意識が飛んでしまった。

 メイクすら落とさず、薄手のタオルケットにくるまったまま眠ってしまったようだ。気づけば2時を回っていた。と言ってもそれ以前の二日間くらいは毎晩3時、4時まで起きていたのだけれど。
 「メイクを落とさずに寝たりするのは、ママレモンを顔に塗ったまま寝るに等しい」と誰かに聞いたっけ・・・。のろのろ起きあがってシャワーを浴びてメイク落とし。そのままベッドに直行すればよかったのにパソコンを立ち上げてメールチェックなどをする。
 その後、ようやくベッドに入るものの、今度はぱっちりと目が冴えてしまっった。先日提出した申請書はあそこがまずかったかなぁ、とか今度の非常勤先ではどうやって講義しようとか、それ以上に気がかりな仕事のことが頭から離れなくなったりする。子どものおもちゃで、好きなだけお絵描きをしても、さっとレバーを引けば、ひとはけで消せるホワイトボードのようなものがあったかと思うけれど、私の頭のなかも必要に応じて、そのさっとひとはけが出来ればいいのにと思う。いっそ起き出して、メモに思いついたことを全部書き出せば、「ひとまず紙に覚えさせた」つもりになって眠れるかとも思うが。やがて、何もかもが面倒くさくなってきて睡魔に引き込まれた。

 先週も何度か10時を回ったバスで帰宅。私と同様か、それ以上に疲弊している40過ぎくらいのサラリーマンとOLさんの会話が頭上で聞こえる。「まだ、ほんのちょっとだけ寒くなってきただけやのに、もう朝起きるのが辛いんや」「そうそう。でも、ま、家を出ちゃったら大丈夫なんですけどね」「せやねんなぁ、そこまでがしんどいねん」。あぁ、そうそう、私も同じ。世の働き人の多くはそうだろう。特に「ブルー・マンデイ」なんて世界共通語らしいから、休暇後のプチ鬱は皆一緒なのだ。
 公言がはばかれるが、私などは、起きてからおおよそ2時間後にはじまる講義について「あぁ、もうしんどい、いやだ・・・・。いっそ休講にしてしまおうか」なんて年に何度となく考えてしまうとんでもない輩である。もっとも実際には、余程具合が悪い時以外は、そんな事は出来る筈もない。

そこから何が見える? えいやっ!と自宅を出てしまえば後はダイジョウブ。と念じる。もちろんバスに悪酔いすることもあるし、今日はなんて気分が優れないのだ、と異様にグロッキーな日だってある。しかし、職場に赴き、教壇にひとたび立ってしまえば、私は変身するらしい。最低のテンションからネジを巻き上げ切るわけで、終われば「高揚」そのものだ。目に入る学生に片端から声をかけてもいいくらいのテンションぶり。そして、その別人な自分に励まされるようにして、その日一日の仕事を乗り越える。
 体重は増えない。けれども私の器量は必要に迫られて徐々に増している。もう、「増している」と言ってしまおうではないか。

 さ、11月も働くぞ。勢いに乗るのだ。
 時々、言いしれぬ恐怖に駆られることがある。でも、別に死ぬわけじゃないんだしさ。
 ♪安心な僕らは旅に出ようぜ♪と口笛を吹きながらゆくのだ。
 あぁ、涙が出そうなくらいに秋空が高くて綺麗だ。

スポンサーサイト
  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:2

君は空を見てるか。 :: 2009/10/25(Sun)

 私の講義の一つを、車いすを使って日常生活を送る学生が受講している。私は彼のチューター役でもある。と言っても別に何もたいしたことはしていない。日常的に、学内にいる彼の存在を気に留めるようにしているくらいだ。それでも、それまではさして気に留めなかった学内の段差や、低床バスの便数の少なさなどが気になるようになった私は、近々要望書のようなものを書くだろう。
 先週は、その車いすの彼とは別に、ある別の障害を持っている学生を迎え入れた。 過去、留学先で大きな事故に遭い、長きに渡る入院と、懸命なリハビリ生活を続けたあとに復学希望を出している男子学生だった。

 脳に少しの障害が残ってしまったものの、強い復学希望を尊重し、学部全体でのサポート体制を敷いた。 実際会ってみると、彼はとても人なつこい印象の人物で 「先生、帽子がよく似合いますね」と、挨拶は余裕に満ちていた。また学校に戻って来られたことに心底喜びを感じている様子に見えた。
 彼はその日一日で、4コマもの講義に出席を果たしたらしい。 今はなんとしても復学を果たすことが彼の生き甲斐で、 将来はふるさとで同じ障害を持つひとの力になりたいそうだ。 復学シュミレーション期間の最後となる私の講義中、彼は積極的に挙手し、真っ直ぐにこちらを見つめて発言をした。 ボランティア学生と専門職の人が万全の体制で3名付いていたが 何の問題もなく講義を終えられた。

 私はいつも以上に努めてきちんと、混乱のないようゆっくりめに話すようにした。そうした心がけを実行することは、思うに、ほかの学生にとっても好ましいことだったに違いない。 時折合わせる視線に彼との疎通を感じていたが、途中には「何か聞き取りにくいことは?」、最後には「わかりにくいことはなかったですか?」と聞いた。彼は 「わかりやすいです。とても楽しかったです」と言ってにっこり笑った。
 
 授業中、彼は「僕は、留学先でお世話になった人たちに もう一度お礼を言いに行きたい」と話していた。命に関わるような大けがを負い大変な想いをしても、 前向きで明るく、知的好奇心に溢れている。生きる意欲に満ちた非常に魅力的な青年だった。 私だけではなく、彼の強さとしなやかさに、他学生の多くも少なからぬ感銘を受けたことと思う。
  日頃、学生諸君の様子にはため息をつくことも少なくないが、 率先してサポートを引き受け、そのことに喜びを感じている学生らの存在と共に、温かさや多様性が確保されたムードのなかで講義が出来たことが嬉しかった。こうした機会をきっかけに、サポートに関わった教員、学生たちが、皆ともにお互いに笑顔で「ありがとう、ありがとうね!」と労いあっている様子をあちらこちらで目にした。
 
 人はただ、日々の生活を放棄せず何とか生きているだけでも十分じゃないかと思うことがある。でも、得難い多くを求めてしまう。そこが人間の苦しさと人とおしさでもある。それぞれが、自分以外の誰かからの、強烈な承認や愛、自分の存在価値を求めながら人生という旅をしている。

  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:2

岸田くん。 :: 2009/10/21(Wed)

 アーチスト「くるり」の岸田くんが気になる。 と言うのも、最近、朝、出かける前に自宅に流しているのが、くるりの「ワルツを踊れ」というアルバムなのだ。 気になる、というのはすなわち「好きだ」という事と直線的に結びつくとは限らないが、 もしかしたら「好き」の要素がゼロではないかもしれない。

 ♪ハム食べたい(私の心の声:食べたらいいやん)
 ♪ハム食べたい(だから、ハムくらい何時でも食べたらいいやん!)
 ♪桃色のハム食べたい(添加物いっぱい、かもよ)

 もっとも「ハム」は象徴的な言葉である。岸田くんは「しあわせになりたい!」と歌っている気がする。 そのアルバムは、映画が始まるような壮大でクラシック要素の強いインストゥルメンタルからはじまり、やがてコンサートのオープニングを思わせるカタルシスに満ちた広い視界が開けるようなメロディに引き続がれる。そして、このアルバム一曲目の「ブレーメン」がはじまる。木訥で懐かしく、普遍的なメロディラインに強く惹かれる。http://www.youtube.com/watch?v=mZE-I1U75Goこのアルバムで最も愛する曲は、1曲目にして終わってしまう。

 髪を洗い、鏡の前でメイクを簡単に仕上げ、さぁ、今日は何を着て行くかな、と決めかねている頃、だいたいアルバム中盤に収録されている「ハム食べたい」がはじまるのである。 ♩=60程度(実際はもう少し速い)のゆったりテンポのこの曲においては、どうしても休符の間にツッコミの余地が多く、着替えをしながらずっと、「ハム」に焦がれる岸田くんについて考えずに居られなくなる。
 「♪ラーメン食べたい」の矢野顕子さんについては、彼女の人となりより、「タンメンではだめなのか、とか思ってね」と、確かずっと以前に彼女とラジオで対談した小田さんが、ひどくシャイな様子で話していた事ばかり思い出されるのだが。

 と言っても、私は岸田くんのことを殆ど知らない。そして、深く知ろうともしていない。ただ、小田さんとは接点のある人で、”Life-Size”と呼ばれる一年間の活動記録DVDに、彼はかつて2度ほど登場している。「純粋・・・ってゆうたら小田さんやと思って・・・」といった名言を、本人の前で、関西イントネーションで言い放った強烈なインパクトがある。また、彼は、小田さんが40歳を二つか三つほど過ぎた頃にリリースした『恋は大騒ぎ』という、とびきり脳天気で明るい曲(「一年中、恋は大騒ぎ~」というフレーズを聴いた折り、当時の私はやや耳を疑ったものだ)が大好きらしく、くるり主催のイベントに小田さんをゲストに呼んで一緒に歌っている姿を見かけた。

 小田さんが軽々と明るく歌うのに対し、岸田くんには少々サビ部分のキーが高いせいか、その歌声も顔つきも、これがまたずいぶん切なげなのである。ここに、私は「恋は大騒ぎ」という曲の持つ曲想の多様性に気づかされるのであった。岸田くんの「恋は大騒ぎ」は、小田さんの若き日の声で「ワインの匂い」を聞くように、青くてどこか必死で、ちょっと孤独で、切なくて、「安心なぼくらは旅に出ようぜ・・・」と飄々と歌っている彼の、ほんとうの素顔を見てしまったような気持ちにさえなる。要するに何となく好感を持ってしまった。

森ガール ちなみに、長髪で黒縁眼鏡の岸田くんより短い髪の彼のほうが可愛いらしくて好みだ。 これを機に、「気になる男子シリーズ」でも書いていこうかと一瞬思ったが、ほかに思いつく人もいない。このシリーズには、断じて小栗くんだの水島ヒロくんなどは登場しないだろう。そういえば俳優の加瀬亮くんは気になる男子の一人だが、あんまり知らないくらいがいいな。
あぁ、早く肩の荷物をよっこらしょと下ろしたいものだ。(お仕事の話)。
 追記:くるり&小田和正 「ばらの花http://www.youtube.com/watch?v=I0NqxaUkjR8


  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:2

繋がってゆくんだ。 :: 2009/10/19(Mon)

 役員会に出て、そのあとに別の委員会での打ち合わせ。午後から自分の研究報告をしたあと、その会場で司会者を務め、あちこちでペコペコご挨拶をしたら、もう電車の時刻までぎりぎりになった。久しぶりに息が上がるほどに、走って走って走って、電車に飛び乗ったら携帯の文字が疲労で霞み、よく見えなかった日曜日だった。

 帰宅してから、この映像を観た。http://www.youtube.com/watch?v=PIfJhYX5Mkw
 昨年の年末に小田さんのライブを観て以来のステージ。分け隔てなく注ぐ光のように透き通る声。ずっとずっと聞いていたい。この日、あの加藤和彦さんも同じステージに立っていたはずだ。彼の訃報に私は少なからずのショックを受けた。小田さんはもしかすると涙を流したかもしれない。
 今日の帰路、サディスティック・ミカバンドにいた「ミカさん」について詳しい年長の先生と一緒になる。ミカさんの話をしながら、彼女がぽつんと、「加藤さんは、寂しがり屋だったんだろうなぁ」と言った。

  

 うちに帰ってから、床にひっくり返って天井を見つめていたら、
 「今日はさ、東京の空に流れ星が見えるんだって」とメールが届く。
 それがまるでスイッチだったかのように、
 久しぶりにギターをつま弾きながら、二番まで歌った。
 私はこの曲の二番が好きなのだ。

 『あの素晴らしい愛をもう一度』


  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:0

22:10 :: 2009/10/17(Sat)

 研究補助金を申請するときのコツ。望まずとも、わざわざ一同に集めて教えて頂けるとっても嬉しいご時世である。

 ・最初の2行で読みたいか、どうかが決まる。ツカミでぎゅっと相手の心をつかめ
 ・必要な情報が豊かで、しかも手際よくまとめられている
 ・切り口が新鮮でおもしろみがある

 ・研究のトレンド性を押さえる
 ・語り口が平易でわかりやすいこと
 ・一生懸命に書いたかどうかが分かること

 最後の一点を除いて、「・・・と、ある本には書いてあります」という報告だった。

 秋空の下でイエスタデイを弾く。 
今週は子連れママの学生の対応。安心して子どもを預けて学んで貰いたい。大学にも学童保育を作る必要性。嘆願書を書く前に、当面の支援者さがしに周囲に声かけ。
 車椅子を使う学生とも面談。低床バスが足りないらしい。学生支援センターに連絡、といったところか。厭わずにやれますとも。彼らのためならば。

 日曜に学会報告を控えるよれよれの女子教員。睡眠と栄養と安定剤が必要といったところか。自分もいたわるのは仕事のうち。 

 22時10分。近頃の私の帰宅バスの時刻だ。


  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:4

ベレー帽、チェックにドット柄。 :: 2009/10/12(Mon)

大きな木立の下に立ってみた。 友達からのメールで「最近注目されているファッションジャンル」として紹介されたのは「森にいそうな女の子」ファッション。「めーちゃんに似合いそうだよ。チェックしてね」。
 なんだか「森にいそうな・・」という形容をどこかで耳にした覚えが。今年の過ぎし夏は、ナチュラル系コットンの洋服にどっぷり浸かった。夏休みにキャンパス(山の上だから木々が多い)を日傘をさして歩いていると、そう言えば、同世代女子に「よっ、そこの森のひと~」と言われた事があったっけ。つい先日、ようやく「森ガール」で検索。山のようにヒット。

○森ガールとは、こうゆう由来だそうだ。
http://dic.yahoo.co.jp/newword?index=2008000476&ref=1

 そして、その条件はなんと40項目以上にも及ぶらしい。分かる範囲で、とくに自覚のある項目と、思い当たるふしのある項目だけピックアップすると、以下のとおり。

 ◎ゆるい感じのワンピースが好き
 △シンプルよりどこかくせのある服がすき→どこかにアクセントをつけるのが好き。
 (でも派手派手してるのはそんなにすきじゃない)
 △北欧系ファッションに興味津々→が、北欧系サボ・サンダルを履きこなせていない。
 ◎友達に『森にいそうだね』といわれたことがある
 ◎Aラインがでる服装をする

 △ボルドー・深緑・茶色など、深い色合いが好き→でも、白や水色など淡い色も好き
 ◎ニットやファーで、もこもこした帽子が好き→帽子全般が好き。
 ?やわらかい雰囲気がでてる→「柔和に言われても先生の指摘が一番胸にグサっと(学生談)」
 ?透明感のある→「先生、影が薄く透明になってきてますよ!!(激・疲労のとき)」
 ?つねにゆるい雰囲気をだしている→単に「テキパキできない」

 ○革製のバックをもちたい→でも、重いのは絶対いや!
 ○古いものに魅力を感じる→古い電子レンジは買い換えたいが。
 ◎チェックやドットが好き→永遠に好き。
 ◎タイツ・スパッツが好き
 ○ラウンドトゥが好き→でも、先の尖った靴も大好き。

 ○マフラーもストールもぐるぐるまきにしたい→ぐるぐるじゃなく、さらっと巻きたい時もある。
 ◎色白
 ◎ゆるいパーマをかけている→目下、ボリュームが出過ぎて困っている。
 ○ボブ×パッツン→今のところ前髪はパッツン
 ◎ロリータとはちがうの→当然です。
 ○ガーリー→でも、ボーイッシュも好き。大人っぽくもしたい。

 ◎カフェでまったりするのが好き
 ○カメラ片手に散歩をするのが好き→D40が壊れ、イクシーのバッテリーが消耗中(涙)
 ○雑貨屋巡りをついついしてしまう→この近辺にあれば、一日じゅう巡るでしょう。
 ◎季節は秋と冬が好き
 

 以上からすると、明らかに「そう思う」のは10数項目程度。私は傾向としては森ガール・ファッションの志向性もややあり、といったところか。尖った感じではないものの、「やや装ったカジュアル」な雰囲気を好むといった以外は、あまり「こっちの方向」と貫けないあたりが厄介で、時折何を着ていいか分からない。それも含めて秋冬のお洒落は楽しい・・・と言っていられるのも何時までか。これからベレーを頭にのせて数々の修羅場を超えていくのだ。

 森ガール・アイデンティティが30%くらい(根拠なし)の私は、チェック×ドットアイテムはこよなく愛す。ミルクティー色ショルダーに加えてチェック・ショルダーバッグは知らぬ間に(?)増殖の図↓。

>>続きを読む

  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:4

いつか。 :: 2009/10/11(Sun)

 「青春」とは主観的には何時頃だったか、と聞かれたらなんと答えようか。

 今年の学園祭。我々女性教員チームも、ある事情で、学生に混じってフリーマーケットを開くことになった。準備などを考えると、最初は面倒くさいこと、この上ないと思っていたけれど、具体的にああしよう、こうしようと皆で話していると、案外盛り上がるのではないかと、思うことにする。皆、漏れなく多忙を極めている。それでも、敢えて時間を割くのだから意地でも楽しくしたいのであった。

新しいバッグと一緒にお出かけ。 学生時代、学祭では部活でタイ焼きを売った。正しくは、それは「パンダ」の形をしていたので「パンダ焼き」である。あん、チョコ、カスタードなどを入れた。甘い甘い香りと、見た目のかわいらしさが人を呼んで面白いように売れた。最初のうちは焼き機がよく温まらず、耳が欠けたり、手が短いなど、おおよそパンダとは思えない「得体の知れない動物焼き」にしかならないが、次第に焼くほうの腕があがり、調子にのってたっぷりとタネを流し込むうちに、ぷくぷくに太ったタヌキにも見まごう立派なパンダ焼きに仕上がっていく。

 部活で模擬店を出すのは部活の資金獲得のための恒例行事だったが、正直に言うと、私は半ば面倒くさいなぁと思いながら取り組んでいた方だった。そのくせ、結構やりはじめると面白かったわけだ。当時はその程度の認識も、これだけの長き時を経てしまえば、そんな風に語れる思い出の一つや二つがあってよかった、楽しいではないかと感じるようになるのだ。渦中にいるときには「これは、青春だな」などとは決して思っていない。青春を口にするようになるのは、歳を重ねていった証なのかもしれない。

 先日、テレビで「ゆず」が彼らの代表曲を数曲、歌っていた。小田さんとも近年、コラボした「いつか」を彼らは「僕らの出発点となった曲」といった紹介のもと、ふたりだけの弾き語りを見せた。
 ゆずは、大学時代のコーラス部仲間で、今でもいい友達でいてくれるSちゃん(女子)と、Yちゃん(男子)2人が大好きでよく歌っていた。カラオケの定番曲だったようで2人の声はよくハモった。
 就職したあと、関西から高知まで2人で車を走らせて遊びに来てくれた。彼らは断じてカップルではないが、地元仲間でもあったらしく、独特の親密性を持っていた。そして私は迷うことなく彼らを自宅に泊めた。
 当時の私は、小田さんに影響を受けて「何でも記録しておく」事に凝っていた。だから、彼らがうちにやってきてギターをかき鳴らしながら、三人でゆずの「いつか」を歌った音源が今でも残っている「あ、間違えた」「Yちゃん・・・もう、下手くそやな」「あはは・・・すまんね」「じゃ、もいっかいね」とか言いながら、完全に酔っぱらって、できあがっている2人と、しらふで楽譜を見ながら真面目にコーラスを付けようと挑んでいる様子はとても面白い。
 
 そして、この頃、我々はもうとっくに立派な大人なんだけれど、今思うと、この思い出は紛れもなく青春のひとこまなのである。あれから、私たち3人には、それぞれに色々なことがあった。あと数年も経って、この音源を聞き直す機会があれば、きっと笑いながら、涙をこぼすような気がする。
 今、このときも、いつかは思い出になっていく。どんなささやかなことでも、誰かと一緒に屈託なく笑いあった日々は、時を経るごとに輝いていくのだろう。

  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:0

綱渡り人生。 :: 2009/10/06(Tue)

 10月始動。

 先週末から講義もスタート。前日まで全くどれほどにグロッキーな気分であったかは記憶が飛ぶほどに、いざ、はじまってしまえば、もういつも通り慌ただしさの極みである。
 先週末の金曜に講義を終えてから大阪に移動。週末は名古屋で学会。ひさしぶりに短く登壇。
 日曜の午後には実家に戻り、翌日、締め切りの学内紀要への論文の続きに着手。
 完璧なまでの睡眠不足のなか、月曜の午前中はいささか呂律の回らない講義をしたあと、論文の最後の手直しと編集。珍しくも締め切り数時間前に余裕の提出を果たした。この様子のどこが「余裕」なのか。これを「余裕」と言わしめる理由は、私は父が締め切りを守って論文を出したのを一度も見たことがない所以である。娘にまで「おい。不完全なのを出すくらいなら、一週間くらい、ちょっと待ってもらえよ」などと平気で言う人である(どこが「ちょっと」なのだ!)
 周囲の偉い先生たちにも似た気配があり、おそらく激務を超えた猛務のなか尚、論文も提出せんと奮闘しているのかと思われるけれど、そういう方々は一度、事務に提出をしたのち、奇妙に腰を落ち着かせ「今から差し替え原稿を作るの~うふっ、明日出来るかしら」などと、サラリと言ってのける方々である。

 こうのような綱渡りライフを共に過ごす人として理想的なのは、他人の修羅場を目の当たりにしようとも一向に動じず、悠然として朗らかな人物であろう。ついでに、ご飯を作るのも上手ならばなお良い。

季節は変わり今日はもうニットにブーツです 父は自身のあらゆるストレスを家のなかで口にするタイプである。現役時代、彼の苦悩は尽きなかった。長きに渡り、母はそれに真摯に耳を傾けて共感の意を示し続けてきた。しかし、当然、聞く側にもストレスは溜まる。ある日、母は「私、もうこれ以上は限界!」と思い、父に伝えたところ、「あぁ・・・別に口で言うほどにはストレスには思ってないんだよ。言うだけでいいんだ」といった実に軽い口調で返されたのを機に、「テキトーに聞き流す」ことを覚えたそうだ。母曰く、「お父さんは、思っている以上のことまで喋るのよ!」。
 
 この笑える話には、いくらかの教訓が含まれているように思う。人に話を聞いて貰うときには、出来るだけ相手の共感を得たく、どこかしら自分を気の毒な主人公に仕立て上げて、必要以上にドラマチックな物語にする傾向は誰しにもあるのではないか、と。それは一瞬の快感でもあるゆえに。そんな人間の憎めない習性をかえりみえば、自分の経験は「語る」を繰り返す事によって、よい意味でも悪い意味でも増幅されることも腑に落ちる。また、人々の語りを聞く場合にも、さほど大きく振り回されずに済む・・・かもしれない。
 
 要するに。ノートパソコンの前で私が頭をかきむしる最中も、隣でイヤホンをしながらテレビを観て悠長にけらけらと笑っており、「あら、ご飯食べないの?」との声かけにも無反応の私を適当に放置し、知らない間に主婦の知恵で壊れたショルダーバックを修理してしまった母よ、どうもありがとうって話である。

  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。