風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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過去のイケメン。 :: 2010/11/27(Sat)

 我が大学には、いわゆるひきこもりがちな青年たちが集う場所が用意されている。当然、専門の先生もそこに在室している。その先生とは何度か帰宅のバスで一緒になったことがある。シャイな方なのか、私に関心がないのか、決してあちらからは近寄っては来ない。しかし、私がその先生の研究にとても関心を持っているという事情で、「あ、いる」と思うとじりじりとにじり寄ってお声がけすることが多い。

歩いて3分のご近所の並木。 バス内では、研究の話も尋ねるとしてくださるが、彼のお子さん達の話を聞くことが多い。私が彼の子どものような年齢なので自ずと思い出してしまうのかもしれない。ともかく、非常におおらかで木訥な口調だ。その領域研究では国際学会でも大きく注目を浴びているような人物であるがエッジの効いた語り口調などは特に好まないのだろう。「また何時でも(研究室に)遊びに来てください。男ばかりのむさくるしい所ですがね」と言って頂いていたけれど社交辞令的として受けとめていた。なかなか理由もなくお忙しい方の研究室に遊びに行く機会も理由もなかった。

 ところが、私の講義を受けている、とある学生がその先生の研究室と青年達の語りグループに出入りしていると聴いた。人なつこい彼に連行されるような形で、先日、先生の研究室近くにある事務に立ち寄るついでに、初めて顔を出した。どうやら部屋の模様替えの真っ最中だったらしい。甲斐甲斐しく立ち働いたり、何をすればいいやらといった表情で立ちすくんでいるような青年たちが大勢いた。
 
 「あ、せんせー、どーも。ちょっと事務に寄るついでに、お顔だけ見にきました」と声をかける。すると、中にいた青年のひとりが「あっ、ここには女恐怖症が居るですけどーぉ」などと、すかさず反応した。
 先生も突然の私の訪問に少し驚いた様子だったけれど、直ぐに笑顔になり、自身の部屋に招き入れてくれた。真っ先に本棚を指さすので、文献でも紹介してくれるのかと思うと、「これが、わたしの息子たちなんですわ」と本棚に飾ってある写真を見せてくれた。そこには、ふたりの逞しい20歳前後の男の子たちが、何処かの山に登頂した時の記念写真があった。凛々しく弾けるような笑みで映っていた。

 「あらっ!!とってもイケメンじゃないですか、先生!」と素直に感想を言ったところ、「え?ボクに似てるからだろ?でも、ボクのほうがイケメンやぞ。さっき、昔のパスポート写真が出てきて、感激してたとこや。こんなにカッコよかったのか、オレはと」。面白い方である。「ふっふっふ。じゃあ、今度見せてくださいね」
 そんな会話の様子を遠巻きに青年たちが見ていたようだった。「おんな恐怖症」を告げてきた青年に「大丈夫よ、私は。女って言ってもさ、ゼミ生たちには”騎士”って言われているくらいだし。男性じゃないけど中性くらい。」と、安心して貰おうと思って言ってみたところ「えーー??それ、ほんまですかぁ?」と、真っ先に誰が嬉しげに言ったかと思えば、昔イケメンだった先生であった。

 「午後はだいたい居るから来てくださいな。午前はだめね。ボク、鬱だから(笑)」といたづらそうに告げるのを聴いて、あぁ、本当に遊びに来たいなと思ったくらいだ。いい意味で隙だらけで、いい加減さがあるように他者に見せるのは人格か技術かわからないけれど。

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落とし穴。 :: 2010/11/21(Sun)

 たとえ5万円前後するコートでも、もう、とても気に入ったならば躊躇なく手にいれようと思うだろう。しかし、たった10枚で500円以上もする「ばんそうこ(傷パッド)」を買うときは20分以上は悩んだものだ。そうやって悩んだあげくに数ヶ月前から試してみているのが「モイスト・ヒーリング」という新しい傷の治し方を提唱するバンドエイド。
 消毒はしないで、乾かさずに治すという方法である。
 説明によれば、
 ・傷口から染み出てくる浸出液(黄色いつゆのようなもの)には、傷を修復する細胞を手助けする働きがあり
 ・浸出液は、密封された湿った環境の方が、細胞がイキイキと活動でき、その結果、傷の治りを早くする。
 ・傷の乾燥を防ぐためには、軽い傷ならば絆創膏を貼って下さい。

 その、専用の絆創膏(傷パッド)が「んぁっ?」と思うほど高いのである。
 以前、手術したあとの傷は、驚くほどに殆ど分からない程になった。あれは、たぶん切り口も(小さく)美しかったからであろう。むしろ、何処かにぶつけてしまったり、蚊に刺されてかきむしった跡など、日常の他愛ない動作で作った傷跡がいつまでも残っている。肌が弱く、色素沈着もしやすいのかもしれない。

nekonekoneko 先日も、研究室に複数の段ボール箱をひとりで運び入れていたときに、つい荷物を持ち上げた右手首を、机に置いてあったほうの段ボールの角にゴツンとぶつけて、皮膚の表面を削ってしまった。たいしたことはないが、血が滲んで痛む。
 そうした訳で、帰宅後傷を洗ってすぐに、「あー、もったいない、もったいない」と思いながら、このときとぞばかりにペタリと傷パッドを貼り付けた。しばらくすると傷口が異様に盛り上がってきて、いかにもそこが「傷ついちゃったんですよ、ここがね、しこたまね、ひどい話ですよ」と言っているようだ。
 それを、3日ほど続けていたが、傷は、放っておくよりも治りが大して早い気がしないという疑惑の念が持ち上がる頃、なんだか、パッドを貼り付けている粘着部分に痒みを感じて来た。思わず接がしてみると、すっかり、パッドの形そのままに、皮膚がかぶれていたのである!

 かくして、傷はまだ治らないままだわ、その周辺は赤くかぶれるわで、結局、怪我をしたときよりずっと痛々しい右手を隠す術もなくこの数日を送っている次第だ。
 何かがいけなかったんだろうな。たぶん、これだ。「パッド部分がぬれてきたら替え時で、再び傷口を水で洗い、拭いてから貼り替えてください」

 何事もこまめに、そして、丁寧にやらないと、落とし穴だらけの人生である。

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ライバル。 :: 2010/11/18(Thu)

 あるボランティア活動の顧問になって数ヶ月。学生たちに呼びかけると、メンバーは面白いように増えたけれども、後期に入ってからは、なかなか実施にはこぎつけず、当初は孤軍奮闘し、右往左往していた。が、学生に「手伝ってほしい」と願うと調整係なども自ら請け負ってくれるようになり、お陰で、だいぶシステムが体系化されてきた。来週には、かつてなく大勢がボランティア志望として声を挙げてくれているらしい、と聞いて、じんわりと嬉しくなる。
 
 今日は新しいメンバーとして、3回生の男子が参加。殆どが我が学部生だったが、彼はよその学部である。「学部も超えて」から、この活動はやがて「学校の枠も超えて」になりそうだ。
 しかし、ごく最近、ボランティア活動を立ち上げた当初は、意気揚々と世界を救わんばかりの言葉を胸に、主要メンバーとしての志気を持っていたある男子が、最近は自分のことで精一杯になり、すっかり活動には足が遠のきがちだった。「やっぱ、ボクほかにもやらなアカンことあるし、無理っぽいっすわ」と言われたので「うんうん、構わないよ。出来る時にだけ参加してくれれば。」と答えつつ、「あ、そうそう。明日からね、新しい男子が入ってくれることになったよ。●●先生のご紹介」とさりげなく声をかけておいた。
 すると、その男子のことがものすごく気になったようで「え?そいつはどうゆうヤツですか?チャラいヤツとかちゃいますか?」としきりに尋ねて来る。「さぁ、たいへんよき人物と聞いているけれど?」

 結局、ちょっとお疲れ気味を一度は告げた「博愛王子」は、わざわざ新しいメンバーの偵察にやって来た。すると顔を合わせた途端、「あっ!?なんや、おまえやったんか」と、なにやら互いはかなり親しい友人同士だと言う。親友だと宣言する割には、なにゆえに互いの主要な活動を知らないのかはさておき、どうやら「アイツはデキる」と互いに”一目置く”者同士のようである。「デキる」というのは学業などといった単純なものさしではなく、たとえば海外を何ヶ月も放浪して大きく価値観を変えて大学に戻ったとか、未来の社会をホンキで変えたいと地域で地道に活動をしているなど、少しばかり相手を「尊敬しちゃう」同志らしい。

 足が遠のきがちだった男子は、にわかに「先生!俺は、やっぱ人生、自分のことだけで、ちっちゃく収まってんのかっこわるいし、最後まで投げ出さずにやりますわ!あいつと一緒に何かしたいし」と、再びイキイキと輝きだした。
 うんと頑張ったからと言って、必ずしも報われないという、ごく当たり前の人生における試練に耐えるためには「他者に大きく期待や依存しすぎない」ことを防衛機能として持つことだ。そうやって中庸な場所にいるように努めていても、きっと離れて行くのだろうなと残念に思っていた学生が戻って来るという大変化は、やはり喜ばしかった。あくまでも、これは見える範囲での傾向に過ぎないが、女子は人間関係の横繋がりが充実していると安定する。翻って男子の成長には「ライバル」って必要なんだなぁと思うのであった。

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日々雑感。 :: 2010/11/11(Thu)

 「Gランキング」という手書きの表を、学生たちに与えている部屋のホワイトボードに発見する。Kクン「1」とある。途端に何のことか想像がついた。この間、ホウ酸団子を置いたばかり。「おぞましいから、あんなのは消しなさーい」と叫ぶ。きっと私のGに対する過剰反応を面白がって書いているに違いない。

 さて、そのKくんがM・Dでアルバイト中。アルバイト学生にまで、クリスマスに向けてドーナッツの売り上げノルマを課しているらしい。4つのドーナッツ(っぽいケーキ)と使いそうにはないキャラクター付きのお皿やコップで合計、千円です、先生!と言って、「買ってください」と何度もねだられる。
 だって私、4つも食べないしねぇ。ゼミの皆で食べる?・・・だとしても4つじゃ足りないじゃない?などと話していると、すかさず別の女子が「あっ、先生!私のバイト先のケーキ!ケーキも買ってくださいっ」と来た。そのうち、そのドーナツとケーキを食べながら、クリスマス・パーティをしようという悠長な話になる。ゼミ中に。
 仕方がないなぁ、じゃあ私が数千円カンパするから、皆は、残りのほんの数百円ずつ負担する?「うんうんうん!」とキラキラした瞳の学生たち。ゼミもそのくらいのレスポンスとノリで臨んでくださいよ。

 本日は、1歳児+その母(学生)を交えての別の卒論ゼミ。
 昨日、久しぶりに研究室に掃除機をかけて導入したばかりの加湿空気清浄機をセット・オン。運んできたマットを敷いて、その上で子どもの相手をしながら70分程度、レジュメをもとに今後の卒論の展開方法について指導助言。当然、その間、1歳児ちゃんがじっとしている訳もなく、途中で廊下を行って戻り、ベランダに出るのにつき合ったりと、ちょっとずつ構ってやりながらも、レジュメ片手に大人はそれなりに熱心に会話。子どもはお母さんと一緒に居られるためか、私とも何度も会っているためか、泣くことがなくむしろご機嫌であった。
 「子どもって全く思い通りになんて、ならない」という意識でいれば、案外、子連れゼミも成立するかもね、と思うに至る。もっとも学生には事前に練りあげた計画書などを提出して貰う段取りを採り、私も会う前に目を通すようにしている。
 以前、「生まれて間もない小さい子どもをベビーカーに乗せて、喫茶店でゼミ学生を度々指導していた」という理系の男性教員の話を聞いて「自分も出来そうだ」と思った次第。

 学内でちびっこに出会って喜んでいるのは、案外「孫」が出来てすっかりおじいちゃん然としてきた定年前の男性教員と、ひらひら小さな手を振って貰って、つい照れながら振り返してしまうシャイな男子学生諸君だ。(実は手を振っているのではなく、学生らのムコウに見える葉っぱを取ろうと手を伸ばしていたことは黙っておこう。)


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日常生活と快適さ。 :: 2010/11/07(Sun)

 バス・ルームの電球が切れてしまって久しい。このマンションに暮らして4年ほど。初めて電球が切れた。洗面所の明かりを点けておけばバス・ルームも真っ暗ではない。むしろ落ち着く程度の暗さだ。わざわざ電気を落としてアロマのキャンドルを点けたりするものだし、と言うのは言い訳である。ものすごく不便ではなかったけれども何だか生き方としてどうなのだろう、と思い、ようやく電球を買いに行く。そもそも電球を交換する、ということ自体が数年に一度しかないことなので、行きつけのスーパーには、さしたる品揃もないけれども、LEDだのエコだの、色々な売り文句を読み上げて、ひととおりじっくり眺めてしまう。 
 メーカーは違うが、おそらくこれで合っているだろうと思われるものを2つ購入する。たった100円のもあったが、345円のものにする。長く眺めていた割には、その違いは正直、不明なままである。

 我が家では電化製品から家具から殆ど一人暮らしをはじめた時(約10年前)のまま、である。電化製品にも消費期限があるらしいが。
 母などは来るたびに「ねーねー。新しいエアコンに買い換えてみたら?今のはいいわよ」とか「氷が自動で出来る冷蔵庫って快適よ!」などと促すけれども、残念ながら電化製品には、洋服を買うときのように、あまりときめかない。一人暮らしをはじめた折り、先輩教員の妹さんが大学の下宿生活で使ったというお古の電子レンジがまだ現役である。洗濯機も普通に動けば、大学生の頃に父にねだって買って貰ったビクターのステレオも、時にCDが上手くかからないが、だましだまし使っている。だって結構いい音なのだ。
 とはいえ、電気炊飯器とファックス電話だけはやむを得ず買い換えた。ファックス電話はずっとファックスは受信拒否するわ、留守電の声は不機嫌そうなアナウンスだわ、実にご機嫌が悪そうだが、炊飯器は買い換えて「本当によかった!」と思うほど、壊れかけのそれで炊くご飯はひどかった。

秋想う。 一方、最近も「プチ・ダンシャリ」を少しずつ実行中で、「どうしてもこれがなければ生きていけない」というものはそれほど無いことに気づくのである。この週末はキッチン周りに処分すべきものはないかと物色。コルクを空けるための道具は、数年に一度も使わない気がする。また、耐熱皿は実家から運ばれて来たもので、大・中・小、山ほどあるが、どれも「やはり要るだろう」と処分には踏み切れず。何だか勢い余って、缶切りを捨ててしまいそうになったが、それはやはりあってしかるべきものである。缶をかみ切るほど丈夫な歯があれば別だが。そうそう。こたつ布団だけは買い換えたいと思っているところだが、こたつ恋しい季節に一度古いものを出してしまう前に買い換えなければ、きっともうリニューアルの気分は削がれること間違いなし。

 バス・ルームにようやく電球を差し込んだ。
 ぱっと点る明かり。あぁ、よく見える。やはり快適だ。

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やつが。 :: 2010/11/05(Fri)

 ゼミ生に来週のゼミで使う統計資料はもう出来上がったのか、と問い合わせ。すると「ええ、まぁ出来ました。そっちは大丈夫なんすけどぉ。ゼミ室が大変なことに。  やつが・・・」と書いて切れていた。

 「やつ?」
 
 2秒後に、そいつが何か想像がつく。だから、この間からご飯を食べたあとのゴミは持ち帰りなさい!と、あんなに注意したのに!ばかたれーっ!と会ったときにお説教してやろうと意気込んでいると、私の顔を見るなり、おそらく毎日そこでランチしている男子が「あぁ、でも、めちゃ弱ってましたよ、あれ。よろよろでした、はい。」と慰めにも何もならないことを宣う。来週明けにホウ酸団子を置きまくるように指示。その後じゃないと入らないもんね、私。
 私にはゼミ生が「2種類」居る。奇妙な書き方だけれど、カリキュラムの違いで2つの課程に分散しているのだ。それで、もう一つのゼミ生のための実習室にパソコンを用意してやり、ネットワークも繋いだ途端に、あまりにけたたましい壁紙になって、アイコンがよく見えなくなる。過ぎたるは及ばざるがごとしと言うように、ピンクもリボン付きネコも、あれだけ沢山並ぶと目がチカチカするのであった。ま、当人たちがよければ構わないが、こちらの部屋もどこの控え室かと思うほど、ヘアアイロンやら歯ブラシ、コップやおやつなど生活用品が文献よりもずっと多いという状況なり。

 話は替わり。
 元・オフコース松尾一彦氏のニューシングルに小田さんがゲストでピアノを担当していると聞きつけて早速、入手してみる。イントロの一小節を聴いただけで、完全に小田色サウンドで彩られている。「せつなくて」はオフコース時代の名盤「We are」に収録されている、とてもポップでカラリと明るい曲だ。「せつなくて♪」のサビはシンプルなメロディだが、当時は、ここに加わって来る分厚いコーラスが聞き所。多分、当時のオフコースのフルメンバーのコーラスが聴けるのではないか。
 一方、30年の時を経て改めて歌い直されたそれは、まるで異なる完全に大人の「恋歌」に。小田さんのピアノをバックにひとこと、ひとこと噛みしめるように歌われる。最後になるまでやや変化に乏しく、あまり展開がないのが少し残念。けれども、この長い年月の間に何があったのだろうか。「あぁ、あの松尾さんの声だな・・・」という感慨に浸るには十分。小田さんはコーラスに参加せずにピアノだけで寄り添ったという事実にも胸がきゅんとなる。

 個人的には全く先入観なく聴けた「街」。松尾さんはオフコース時代から、大変に美しいバラードを作曲していたと思う。たとえば「君の幸せを祈れない」ような。「街」もそんなメロディラインを彷彿させる。こちらも最後まで淡々と歌われる。それが、かえって切々としているようにも思われるが、ストリングスを沢山入れたり、コーラスで彩ったりして最後を大胆に盛り上げれば、また違った趣きになったのではないか。美しいメロディである。
 こんな風にしてレビューをする機会があるなんて、ほんとうに。ほんとうに思わなかったことだった。



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祝日の過ごし方。 :: 2010/11/03(Wed)

 先日、組合のとある会議に出席した際の雑談で、「研究室からバス停まではおおよそ11分半といった所ですね」と発言した私に、書記長である女性教員が「ん?なに、その中途半端な1分半は」と詰め寄る。今はとても懇意にしてくださっているこの方は、当人はきっとお忘れだろうが、私が着任に際して受けた面接のときの選考委員のお一人だった方。「むむっ、この方は頭のキレる方だ!」と当時はびしびしと感じて、戦々恐々としながら質問に緊張しながら答えていたことを思い出す。

meg&mei それはともかく、「1分半」の半端な内訳について的確な回答を迫られた私は、「えっと。まずですね、研究室を出て夜空が綺麗だと少し眺めたり・・・ネコがいれば挨拶したり、とそんなところで1分半ですね」と、とても真面目に応えると、愛のこもったものすごく興味深そうな眼差しを向けながら「言ってることは、●●(この先生の大親友で、誰が観ても天然癒し系・時々とてつもない言い間違いをして我々を笑わせてくれるひと)並にヘンだけど・・・なーんか、あなた憎めないよねぇ。なんでかな」と笑いながら言われる。 

 ところで、我が職場は、いわゆる裁量労働制にあるのだが、時折、18時台のバスなどで帰宅するような日は、奇妙な罪悪感に苛まれる。それは明らかに罪悪感なのだ。周りの研究室には、まだまだ沢山の灯りがともっているなかで一人だけ仕事をさぼっているような気分になってしまう。・・・といった話を母にすると「ほとんどビョーキね」と一蹴される。
 かく言う母が、この祝日に食糧物資の支給と、ストックできる食事づくり支援に我が家に遠征。実際のところは、ものすごく弱って困窮していた訳ではないけれど、この頃、休日をどうにも上手に過ごせない。ほとんど廃人のようになって、日がな一日何もしないで寝てばかりいて、夕刻を迎えた時のあの絶望感を何とか防ぎたいという気持ちでいるところ、「近々、行こうか?」と言ってくれた母に声をかけると、返事一つでやって来てくれる。

 お陰でよい休暇になった。
 まずは午前中に起き出したし、朝夕とバランスよい食事を摂れた。ともに買い出しに出向いて必要な食糧や日用品のストックもばっちりだ。午後には、お城近くにあって、二階からは天守閣が見渡せるちょっとお気に入りのカフェに連れて出向く。何より、私はここのシフォンケーキが大好物である。
 「なんだか高知に居る頃を思い出すわね。ほら、最後のほうに連れて行ってくれたカフェも、お城がよく見えたじゃない?」などと母と懐かしい話をする。しばしくつろいでからまた自転車に乗って10分足らずで自宅に戻り、母は食事づくりに。私は普段触らない区画のダンシャリにひたすらに励んだ、なんともよき一日であった。

 羊のめーちゃん。
 夜、ふと観ると、母が知らないうちに自分のエプロンを着せてやっていた。
 めーちゃんは、ベレー帽も眼鏡も、キャスケットもベストも似合う抜群の愛嬌だが、マミーのエプロンだけは・・・似合わな過ぎ!! 

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