風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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パラシュートで上からふわりと行きます。 :: 2010/12/27(Mon)

 ばか正直に真っ直ぐ歩こうと思っていると、ごちごちと、あちこちにぶつかってしまう月だった。それで、「あなたはそこに居たら邪魔だと思いますよ?」(これは、あくまでも比喩です)と伝えていると、知らないうちにこんな言葉をかけられる人間になってしまっていた。

 ある管理職の男性教員から:

 「Kさん(事務の長)は事務の改革をしたいのだが、自分から動きにくい、
  Meg先生が頑張ってくれれば、影から別の顔で応援するから、
  頼むから正面突破をしてくれ、お願いだ、
  と言っているのでしょう。
  官僚組織人はそうやって、型破りな人を心の中で実は応援している、
  と、とある女性リーダーズ会で教わりました。」

ミーアキャット風。 私は型など破らずに、空いている隙間を、賢く要領よく、すいすい歩きたいのに。来年からは、どうにかして、すいすい派に移行して、せっせと研究だけに勤しみたい。
 これほど「研究」という響きが甘く感じられたことはかつて、あったろうか。
 矢面に立って血まみれになるなど、とんでもないことだ。
 とんでもないことだが・・・守るべき者がいるときは仕方がない。
 ただ、何も正面から行かずともいいのではないか?
 と思うあたりは、やはり多少は型破りなのだろうか。

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為果つ月。 :: 2010/12/19(Sun)

 今年のクリスマスイブは、当然、仕事である。悪いことに、今年は月曜日に祝日が入っていたので、その時にする筈だった講義の補講が割り当てられている。まさに魔の金曜だが、夜のクリ約にたどり着くまでは倒れられない。先週は「雑務」と書いておいた項目が12個あったが、夜までに半分もクリア出来ずにあれこれに奔走してタクシーでよれよれで帰宅。パソコンを点ける元気もなく、こたつで倒れたまま学生にメールすると、「先生!行き倒れる10歩前で止まってください!」と言われる。

 そんな日々がもうずっと続いているこの週末、多分、最高テンションを記録しただろう一瞬とは。
 夕刻近く、一度も入ったことがなかったホテルに隣接しているビルのセレクトショップをぶらりと覗いてみる。バーゲンを待つべきと思いながら、手頃な薄手のダウンコートを何度も試着しては迷ったあげく「やっぱり」調達する。「入試監督って寒いんだ!」と心で訳のわからん言い訳をしている。買い物をしたらちょっと罪悪感に苛まれるのはどうしてなのか。

試着してテンションあげあげ。 買い物後、目前にディスプレイしたあったパーティードレスと言っても良さそうなワンピース達をちらりと見て、「うふっ。これ、かっわいー♪」と呟いていると、「どうぞうどうぞ着てみてください」と店員さんに勧めてもらう。え、着るだけでもいいんでしょうか、と言いながら、裾がバルーンの二重仕立てになった凝ったデザインのものを試着してみる。側で観ていたカメラマンが思わず「それ、コスプレの域じゃんね?」と言うのに、温厚そうな年長の店員さんが小さくウケてくすくす笑い出すのをきっかけに、「記念に写真だけ撮って貰っても?」と尋ねると笑顔を返される。

リボンを前にしたり、後ろにしたり。   「そちらのお洋服を試着された方が、はじめてなんです、うふっ♪」と何故か、店員さんまで嬉しそう微笑んでくれていると感じてしまうほど、私をご機嫌にした、このとっても可愛いこのワンピース。あとから聞いたら、想像はしていたけれども、まるで可愛いくないお値段だった。「そんなの着て授業したら悪い意味で伝説になるぞ」と諦めるために親切で合理的な理由が側から耳を横切った気がしたが、全く聴いていなかった。しかし、やはりこれ以上の「罪」を重ねる勇気はなく買えなかった。

 師走。「日頃は落ち着いている師匠(先生)でさえも走り回るほど忙しい」との語源を信じていたけれど、実際は諸説あるらしい。「師走」とは当て字で、もともとは「為果つ月(しはつつき)」すなわち、”1年の終わりの物事をなし終える”という意味もあるそうだ。
 そうか、年内に終えるべきことは、やはり持ち越してはならぬな。成し遂げなければならないんだな、やはり。



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主役は君たちだ。 :: 2010/12/12(Sun)

 「先生、最近ちょっと働きすぎじゃないでしょうか。お忙しいときは、私たち自分たちだけでゼミをしてもいいので、任せてください!」と、間もなく卒論を仕上げなければならない4回生がわざわざ言って来てくれた。
 週末に企画開催した学習会に彼女らも呼んだところ、遠いのに気持ちよく出向いて来た。実際、常に大学でもバタバタしている私だが、出向いた先でもそれ以上に立ち働く姿を目の当たりにしての彼女なりの思いやりなのだろう。たしかに多忙ゆえの肉体疲労もしかり、自分の職業アイデンティティの危機も感じることから、少々精神的にも張りつめていた。だから、あぁ、そんな風に観てくれていた人が居たんだなと思うと、何だか涙がこぼれそうになる。

晩秋 少し前に、滅多にないことい急に高熱が出た。休講措置にすると後々代替措置を取るのが余計に苦しいので、8度を超えなければきっと出勤したことだろうが、身体は「きっちり、今日は駄目!」と告げていた。
 講義は優秀な同僚が気を利かせてピンチヒッターに立ってくれることになったので、ベッドのなかから大所帯の下級生対象のゼミ・メンバーに向けてポチポチとメールを書く。目下、彼らには結構な難解な文献を読ませているところなので、魂だけでも出向きたかったが仕方なし。
 「私がいなくともあなた達なら自主運営できると信じているので休講にはしません。難解な箇所については互いに理解を補完しあうような自主勉強会にできる?お願いね」。先生が欠席する日でさえ、自分たちだけで勉強会をせよ、との指示を今時の学生がどう受けとめるだろうと思っていたが、思いがけず「大丈夫です。人も多いから役割分担できますよ。僕らに任せてください!」との返信が即座に届く。その証拠に、翌日には「いかなる議論を行ったか」をまとめたレポートがゼミのメーリングリストに添付されて届く。この話を聞いた周りの先生達が「おぉ、育っとる、育っとる」と小さく手を叩いての賞賛であった。
 
 2日後に何事もなかったかのように仕事に復帰した時、学生たちに当日の勉強会の様子を尋ねると、どうやら、誠にいい雰囲気に議論が白熱し「めちゃくちゃ楽しかった(→先生がいないほうが、という意味かもしれぬ:笑)」という感想であった。
 時には、二の句が接げないくらい呆れた言動も見られるが、自分のことを一番よく見ているのは案外彼らなの、かも、しれない。いや、きっとそうなのだろう。ともに関わって学び合い、成長しているに違いない、と思いたい。思わないとやっていられない。
 今週の合同ゼミは、メンバー一人の誕生日会を兼ねたクリスマスパーティにするそうだ。誰がそうしていいと言ったんだっけ?と一瞬思うし、2千円もカンパ金に徴収された上、何故か珈琲を入れてやるところまでが私の役割らしい。まぁいいか。時にはそうやって結束力を高めて貰おう、私のサポーターとして。常々「万が一、私が志半ばで倒れても、君たちが意志を引き継げるくらいの力を付けておいて欲しい。いつでも私の替わりになってどこでもレポートが出来るように」と言ってみている。どこまで聴いているのか知らないけれど。
 ちなみにこのゼミチームは、学生に「め」組と呼ばれているようだ。


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