風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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私の学生たち(その2) :: 2011/01/30(Sun)

 さて、翻って間もなく卒業を迎える4回生ゼミ生。

 卒業論文の締め切りは今月末。きっと修羅場の筈だ。まるで予定されていたように、この時期になるとパソコンやプリンターなど機器の調子が悪くなっていく。提出間際にプリンターが壊れる、といったことは恒例行事かと思うほどだ。機械もまた人間の鬼気迫る、ただならぬ波動に影響されるのね。
 
 とは言うものの今年の卒業生は特に破綻することなく、淡々と論文作成に勤しんでいる。しかし、この時期に及んでの伸びしろがあまりに大きく、「なんで、あと一月早く・・・」と思わなくもない。
 当然、毎日、毎日、手直しを重ねた卒論ファイルと、私もあと少し格闘せざるを得ない。提出後も多々の問題点があるので、発表会までに差し替えを余儀なくされるのは毎年のことだ。

 すこし前、卒論ファイルと一緒に「今日はバイト先の塾でキティの切り絵を作ってみました」と言って写真を送ってきてくれた学生がいた。「meg先生だったらもっと上手に撮影してくれるのにって思いました・・・可愛いでしょ?」と。それが、あまりにも上手でびっくりした私は、「卒論が終わったら是非、記念に私にも一つくれないかしら」と思わずお願いをする。

mako works 「卒論が終わったら」という条件は何処かにすっ飛んでしまったようだが、私をモチーフにして作ってくれた切り絵の第一弾がこちら。
 こうしよう、ああしようとアイディアを練るのがこの上なく楽しいらしく、まだまだ、ここから改良を重ねるらしい。「微妙に先生と違う気がするんですよぉ。髪型かな。あ、それから背景はいちごじゃなくてお洋服をいっぱい切り絵にしようかなって♪ふふふ」卒論の締め切りは明日だが、何故にそのような事に没頭しているのか?などは、聴かずとも私には痛いほどよく分かる。人間にはバランスのなかに生きている。逃避と熱中。右脳と左脳。苦しみと喜び。愛に憎しみ。
 そんな訳で、どんな訳か分からないが、「最大の感動」の言葉を伝えてありがたく頂くと同時に、彼女の卒論をふたたび真っ赤にして差し戻す。私たちって素敵だ。

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私の学生たち :: 2011/01/30(Sun)

 先週、センターと推薦(入試)の狭間に、自分で立ち上げたプロジェクトの公開講座を開催した。会は想像を超えた大盛況であった。私の若いゼミ生達(3回生)が9名ほどいるが、当初から「君たちは立派な学生研究員だからね」と洗脳し続けてせっせと地域にも連れ出していたことが功をなしたのか、その公開講座には特に指示せずともほぼ全員が当然のごとく出席。
 
 当日、いそいそ午前中の打ち合わせから参加し、気づけば会場の設営、受付を甲斐甲斐しくこなしていた。第二部の司会進行も担当させてみた。市民の人達はさぞ新鮮だったことだろう。拍手を貰って誇らしげだった。また、楽しげに意見交換の場で積極的に盛り上げ、後かたづけから最後の反省会まで清々しく存在しつづけた。
 正直に言うと昨年から今に至るその成長ぶりは驚いた。何かと弱っている昨今の私には「感激」を与えるには余りあるほどの姿。毎日が、あまりのスピードでどんどん流れ、飽和すれば一つ一つの詳細を忘れていってしまうけれど、こうしたことは心に刻んでおきたい。

 来年の大学パンフレットに我がゼミが紹介され、活動ぶりが掲載されることになった。広報係によれば代表して2名ほどの学生にインタビューし、それ以外にゼミの様子がわかる写真も必要だそうだ。広報係には専門カメラマンが居るようだったが、予定が合わず私が自ら撮影することに。
 それを機に、この1年ほど撮り溜めていた学生たちの写真をまとめて印刷してみた。紙に印刷されたものはついつい何度も眺めてしまう。色々な思い出が蘇ってくるといった感傷的な気分ではない。が、例え誰もこちらを向いておらずとも、そこには、私と彼らとのかかわりの一部が存在しているような気がして、見つめていると時を忘れてしまう。そして、実を言えば一ミリでも素敵に彼らを撮りたいと思いながら撮影をしている。撮られる人の気持ちはわかる。

 当人たちに「ほら、ちょっと前の写真よ」と見せると、意外にも好評で大喜びされたことが嬉しくて、最近はせっせと印刷して持って行くように。「あー、もう勝手に撮って。ボクの肖像権はどないなるんすかー」と生意気なことを言う男子学生でさえ満更でもないらしい。文句を言っている割には漏れなくゼミ室のコルクボードに大事そうに貼っている。もう写真でいっぱいのボードになった。
 ある日、「せんせー。私も先生の一眼レフカメラ、触ってみたいんですー」という女子がとうとう現れた。そう。私も最初は撮られることからはじった。そのうち、撮るひと(もの)との関係を含めて「撮る・撮られる」ことの奥深さにちょっと興味を持ちだした頃、譲って貰った一眼レフを手にするようになったのだ。

sayo works 快く貸してあげてると、にわかに私に向かってレンズを向けた。「あれ?私を撮るの?!あ、じゃあ、君たちも一緒に入って入って」と、先日、みなで出向いた先で撮られた一枚がこちら。
 何故か知らないが、とっさにカメラに向かって彼らが勝手にこんなポーズを取ったのである。
 彼らによる作品名:「主権者と圧政に苦しむ民」。
 私による作品名:「女神さまと救われし民」。
 折衷案:「女神と圧政に苦しむ民」になった。
 
 そう。師弟愛とは、そういうフクザツなものなのだ!

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1月の総括。 :: 2011/01/30(Sun)

 覚悟していたとおり、センター入試以後は休みが1日程度しか取れなかった。
 SOSを出す直前に母から「そろそろ行こうか?」とメール。「はい、お待ちしております。洗濯は2日かけてやりました。キッチンは見るに耐えないおぞましいことになっています。草々」と返信。
 
 「それにしても、いつまでエサを運ぶのかしら、私」
 「大きなネコをちょっと遠くに飼っている、とは思われへん?」
 「ネコ??ちっとも癒されないじゃない。死にそうだとか、激やせしたとか、癒し要素ゼロ」

 「・・・じゃ、飢えてやせ細ったネコをちょっと遠くに飼っているって設定で・・・」
 
 というやりとりをしながら、今日は久しぶりに廃人を脱した日曜を迎えた。

 ●最近の自分の状況・および周りの人々に生じている客観的状況の把握

(自分)
 ・最後の砦であった研究室の対面用デスクが書類の渦と化しているが片づけられない。
  自分の頭のなかの象徴。
  ゼミは、もはやゼミ室(通常は学生のたまり場)のみでしか開催できず。

 ・朝起きると何だか悲しい。起きるのがイヤだイヤだ病。朝は鬱未満。
 ・職場に行くと猛烈にテンションをあげて働くが研究業績に貢献するような仕事は少なし。
 ・タクシーの1万円カードを購入。500円のみお得。
  運転手のおじさん数名と図らずとも親しくなり、最近では孫の写真を見せられる。
 ・色々なことを「笑い」に変えてしまいたくなる。一度笑い出したら止められない。
 ・こたつでも眠ちゃっている生活
 ・食事はパソコン画面を観ながらの食事。
 ・シャワーを浴びようとしたらタオルが一枚もなかった。
 ・とうとう帰宅が12時を過ぎる。   

 (周辺)
 ・学生が理由もなく研究室を訪れる。先生、生きてますか?だって。「生存確認」をしているらしい。
 ・上級生が全般的に親切になる。「いま、倒れられたらヤバイ」?
 ・同僚の年長の先生がお昼ご飯を持ってきてくれる。炊きたてもちもちご飯。
  「あなた、ちょっとしか食べないなら、せめて美味しいものをたべなさーい」
  
 ・父の深夜の突撃・長電話が少し控えめになる。「もういいから早く寝ろよ」と最後に言う。
 ・タクシーの運転手がなぜかキャンディーを沢山くれる。
 ・調理実習後には、私のもとに必ず「お裾分け」が届く。
 ・そして、母が来る。 
 
 2月からは意地でも「完全なる自己に貢献する時間」を持つことが目標。
 最近、もっとも身近にいてデキる人に「自分時間の確保」の秘訣を聴いてみた。優秀な宇宙科学者である。
 一番よく分かったことは、たった一つ。
 「決めたことを本当にやるか、やらないか」だった。

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過酷を極めると笑いが止まらない。 :: 2011/01/16(Sun)

 入試委員長は、2時限目のあと、決して「クレイム」とも「苦情」とも言わず淡々と告げた。
 「皆さんのおかげで、ここまで何とか大きなミスもトラブルもなく来られました。・・・が、一つだけ、受験生からこんな声が寄せられています。」

 『試験監督の鼻息が荒い・・・と』

 近年、こうした類の生徒さまのお声は挙げればキリがない。「試験監督の足音が嫌だった」「後ろに立たれるのがいらっときた」「通ったあとに整髪剤のにおいがくさかった」

 ところで、入試監督業務は非常に重要で責任の重い仕事ではある。一方、その業務自体は多くの場合、非人間的な営みに近いと思う。決められた同じことをロボットのように繰り返し、自分では何も生み出さない退屈な時間を何とかやり過ごし、生徒たちの人いきれで殆ど酸素がうすくなりかけている部屋で頭は疲労でぼーっとして、足下は相変わらず冷たく、眠くて死んでしまいそうだ・・・と思う状況を長時間、耐える。言い過ぎかもしれないが、半ば軽い拷問のようでもある。
 唯一、人間的で柔軟な判断が要求されるのは「不測の事態」に近い出来事が生じたときである。かと言って、誰もそれを望んではいない。

 そうした長い長い時間が大過なく終わると、奇妙な連帯も生まれるというものだ。共に「闘った」教員同士が普段話したこともないのに結束が固くなったり、仲良くなったりもするのは、たいへん素敵なことだ。
 
 すべてが終わり、真っ暗な寒い寒い夜道を同世代同志で、肩をごつんとごつんとぶつけあいながら(あまりに寒いので何となくくっつきたくなる)ひーひー笑いながら研究室に戻った。
 話のネタはどうやって眠気から逃れるために努力をしたか、である。私はと言えば、根っからの計画魔なので、あれやこれをどうしてくれようかとアグレッシブに頭を働かせながら、生徒たちの背中を見守っていた。そんな目線の先には毎時間、眠っている不思議な生徒もいた。ちなみに私も同世代の2人も根っからの文系である。にも関わらず、今日の担当科目は数学が二つに、理科は三つもあったのだ!
 「ぼく、ひたすら入試問題をにらんでたんすよ。結構、地学なら出来た気がする」
 「わたしは、敢えて全くわからん物理とかの問題を観てたで!何かひらめくかもしれんと思って(笑)」

 なんて偉い人達なのだ。生徒たちが解く問題に一緒になって取り組むだなんて。私はただの一頁ですら開けなかったのに。しかし、あれだ。日本では、高校3年生の受験時における知識はひょっとすると多くの人々にとって人生史上もっとも豊かなのではないか、と思う。どう使うかは別として。そのくらいに「大学の先生でも(専門でなければ)解けない」といった問題に彼らは臨んでいるのだ。

 「ね、ほら。あれ、”鼻息が荒い”って苦情ね・・・(笑)」
 「あれだよ、寒いし、鼻が詰まってんじゃないの?」
 
 「じゃ、生徒のヨコ通るときは、しばらく呼吸止めるとか?」
 「えーっ、死んだらどうするよ?」
 「サイアク、口呼吸?(笑)」
 「口ではぁはぁ言ったら、もっと苦情になるよ。もう、あれしかない、エラ呼吸!」

もう天国に帰ります。 こうやって、ぎゃっははははと笑い転げる私たちを今日だけは、神がお許しになるでしょう。アーメン。
 そういえば入試委員長は最後も、優雅にオブラートに包んだ発言をしていた。
 「皆さん、お疲れでしょうからいち早くお帰りになりたいとは思うのですが、生徒たち、またその保護者たちの帰宅もございまして道は非常に混雑しております。どうか皆さまは・・・お時間には余裕を持ってお気を付けてお帰りになられますように」

 私はこの方を心ひっそり「”お”っつけ先生」と呼ぶことにしたが、ある意味ではかなり尊敬の念を抱いている。

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Today :: 2011/01/02(Sun)

 暦の上で一年のときが過ぎゆき、新しい一年がはじまったとしても、とくに意識しようとしなければそれは一日、また一日が淡々と重なってゆくプロセスに過ぎない。

 昨年末の私はまだまだ階段の真ん中あたりを登っているような気分の最中に、世間がいろいろと区切りをつけてゆく様にあまり適応しきれなかった。仕事納めの日、私は誰よりも遅くまで研究室にいて、近隣の同僚たちが次々と年末のご挨拶やカジュアルに「また来年!」と声をかけて去っていく姿を見送っていた。一年によりよくケリをつけたな、という実感はまだ持ててはいなかった。
 真っ暗になった頃、ゴミ袋を提げて研究室をあとにした。冷たい風が強く吹いていて、飛ばされそうだ。中途にさまよっている気分を払拭するために、「誰もいないし・・・」と思って、がしがしと風に向かって行進しながら大きな声で歌を歌った。高校の頃によく歌っていた聖歌の一つが口をついて出てきた。
 「ふふふ」と、何故か少し愉快になって笑い出したときに、後ろに人の気配をありありと感じた。きっと、ずっと後ろから「絶唱する女」を大丈夫だろうかと息を潜めて見つめていたに違いない。
 
 実家に戻ってクリスマスの約束の録画を改めてゆっくりと鑑賞する。一緒に「二度目」を観ていた母がモンパチのキヨサク君が持つ歌声や雰囲気を「おおきな海のようね」と喩えて、私はその比喩をとても気に入った。
 小田さん達が素晴らしいハーモニーを聞かせてくれた"Today"の歌詞は、小田さんによる日本語訳の紹介により、一層そこで歌われた重みを感じた。「今を精一杯に生きよう」という哲学は、過去のどんな栄光にもすがらない、明日があるさと逃げたりもしない小田さんの信念というか、小田さん自身であるような気がした。

 そういえば大晦日の夜、父と小さな喧嘩をする。実にくだらないので経緯は省くが、そのあとに父に「文句(批判)は絶対に言わない」約束をさせて、私の第二稿まであがった論文を読んで貰う。約束が守られる筈がない。臨戦態勢で構えていたが、意外にもさっさと読み終えて自分の仕事に移行している。あれ?と思って「読んだの?」と聞くと、ひとこと「面白いな、こういったデータがある論文は。感動もするし」と言った。
 ふーん、そうかと思う。
 
 小田さんの「今日という日を精一杯」は実は相当に厳しい。一年のうち悔いのない一日を過ごせる日のほうがずっと少ない。ただ思うに、何でもないように見え、何にも起こらず、何にも成し遂げないような茫漠とした日々にさえ、新しい意味づけをしてやれるのは「今」を生きる自分だということだ。
 

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