風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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似てしまう。 :: 2011/09/30(Fri)

 4回生たちが卒業論文の成果状況をプレゼンテーションする第2回目の合同発表会が目前に迫っている。
 我が研究室のゼミ生たちのほとんどが今頃、火が点いて奮闘しているらしい。8月は忙しくてちょっと「放牧」していたら(つまり「自主ゼミ」を推奨していた)、もう全然間に合わないんじゃないの?という状況で必死になっているあたり、自分とそっくりで苦笑いも出来ない。そんな折、ある学生からこんなメールが届いた。

 先生、こんにちは。
 ボクは今日一日、学校のパソコンで、パワポの製作に格闘していました。
 その結果、自分なりに「とってもステキな」ベースが出来たと思います。
 ・・・中略・・・
 うれしさのあまり、これだけ先に提出します。


羊のめーちゃん、クマちゃんのママになる。 うれしさのあまり?(笑) 普段から私の言葉癖と言うのが多々あって、それが学生たちにニュアンスも含めてそのまま伝染しているなと思うことがよくある。それが、ちょっとコワイことだな、と思うこともある。
 ほんの一例だけれど「焦点化」などといった言い方。研究室に入り立てで誰もそんな言い方はしない。せいぜい「○○くんは何がしたいんか、わっからへん」である。でも、気がつくと彼らがもうずっと前から馴染みのある「自分の言葉」のようにして使っている。
 さらに、もっと日常的で、冗談めいた私の言葉づかいのほうが記憶に刷り込まれるみたいだ。学生のメールを読み、先日のゼミで確かに言ったことを思い出した。「こういった部分はね、プレゼンでいちいち全部説明しなくても、注釈に落としておいて、質問があれば説明を加えるという、とってもステキな(へっへっ)裏技があるのよ」。言われた彼は、内容よりもその言い方がツボだったのだろう。
 
 それにしても、本来、たどり着くまで辛い筈のことも「あぁ、ここまで出来た。よしっ!」と、ちゃんと嬉しくなれるのは健やかである。ついでに「嬉しいから、もう先生に送っちゃおう」と他者への共感を求められるのも、幸福でいられる素晴らしい資質だ。もちろん、想像以上にあれこれ指摘されて、あとから「くそーっ、あいつめ」などと思うのでしょうが。
 
 ところで、ひな鳥の諸君。私の話し方の「親鳥」は、もう誰だか知っているだろうね。


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回想。 :: 2011/09/27(Tue)

 「まったく馬鹿な娘だ」と私は暗がりのなか、小さく呟く。「どうせ1時間もしないうちに気づいて、泣く泣く戻って来るだろうさ」と思い、息を潜めていると(たいてい私は息を潜めてはいるが)、さすがに山中にある学校だけあるものだ。夜、目利きがよくなるらしい鳥達や、昼間は一切の姿を隠している小さな動物たちの鳴き声が遠く、しかし明瞭に聞こえて来る。
 
 「おい、アンタ」とその時、近くで私を呼ぶ声がした。
 私は振り向くことは出来ない。そちらのほうに神経だけを傾ける。見えはしないが、どうやら硬質で四角く重量のあるものが、私に向かって話しかけているらしい。「何かね?」私は静かに答える。

 「アンタも、あれか。また、あの子に忘れ去れた奴だな。もう11時だぜ?ま、俺なんて週に1度はこうやってスイッチを切られることなく忘れ去れてる存在だけどな。朝まで熱くてたまらん。」
 「彼」はスイッチで動く機械で、どうやら、かなり軟派でおしゃべりな奴らしい。私は冷静に返事をする。「・・・君は、あの子とどのくらいのつきあいになるのかね」
 「おれ??そうだな、まだ2年経ってないんじゃねーの。おれの前代さんは長くてさぁ。今は、学生たちのゼミ部屋ってとこに持ってかれたよ。奴はもう・・・随分働いてるぜ。本来、潮時なんだろうけどな。まだ動くからって。」
 「そうか。私は、彼女の側で5年半ほどを過ごしている」
 「へー。結構長いんだ。彼女、ああ見えて結構、モノ持ちいいよな。別に、扱いはそんなに丁寧じゃないけどさ。で、あんたも別にブランド品とかじゃないんだろ?」
 
 私はゴホンと咳を一つする。
 
 たしかに私は有名ブランドで何万円もするような彼らとは縁も縁もなく、話したこともない。生きる世界が違う。名も無き職人にコツコツと作られて、比較的大きな雑貨店に置かれていたものだ。
 まだ、しょっちゅう学生に間違えられていた頃の今の主が、何度も私の目前を行ったり来たりしながら、ようやく私を最後に手に取ったことを覚えている。
 あれは、冬もまっただ中だった。その手は、頼りなく小さな、手袋を外してまだ間もない冷えた手だった。ただ、そのときの彼女の胸の鼓動は、ほくほくと波打ち、私にも聞こえるようだった。
 
 あのときの彼女は・・・彼女流に言えば「やっとステップアップできる」ことになったつかの間の喜びに際して、ささやかなお祝いをしようと考えていたのだ。「これから名刺も新しくなるのだし、これまでみたいに無造作に持つのはやめて、ちゃんとした名刺入れを。お財布だってもうこんなにクタクタしているのを卒業して、ちょっといいものを選ぼうかな・・・」
 そんな風に考える割には、頑丈なつくりだがいささか無骨で、そして全く高価でない私を選んだあたり、彼女らしいと思う。彼女は、あのとき、確かに喜びを心に秘めて頬を染めていた。けれども、決して自分の実力が大きく変わった訳ではないことくらいは判っていた。だから多分「ありのままの自分」に似合ったものを手にしたのだろう。
 あれから3年後に、彼女はもう一段ハシゴを上った。しかし、そのときは全く浮かれもしていなかったな。むしろ緊張感をみなぎらせていた。そのあとは、時に、あの子の器量を超え、多様に仕事の仕方も関わる人間たちも広がってゆくのを私はずっと見つめている。

 そうした彼女が最近ふとした時に、私を見つめて撫でたりさすったりしながら、こんな事を言った。
 「ちょっと汚れてきたけど、何だか最近のほうが愛着が沸いてきちゃったな。全然、高いものじゃなかったけどね。あなたは私の初心だから・・・まだ何処も破れていないし、もうちょっと一緒にいよう。」
 私は、さすがに、ちょっと感じ入ったものだ。しかし、もし、口が効けたら私は彼女にこう言っただろう。「いいだろう、めぐ。ただし、私はこれでも革製品だ。たまには、私を磨いてみてはどうかね」

 

 やがて、ぱたぱたと足音が響いてきたかと思うと、部屋の灯りがともった。
 私に気安く話しかけてきた声の主が言う。「あ、帰ってきたみたいだぜ(笑)きっと俺のスイッチには気づかず、相変わらず点けたまま帰るだろうけどな。」
 その声の主が誰だったのか、私は、彼女が小さなバッグ(彼女はそれをランチバッグと呼んでいる)から私を取り出した瞬間にわかった。cannonのプリンターと言う奴だ。確かに電源ランプは点いたままだった。
 
 「あー!もう。なんで、こんな日に限ってお財布を置いてきちゃうんだろう。昨日もホームセンターでいっぱいお金使ったのに。とんだ出費よ」と、はぁはぁ言いながら独り言だ。私を通勤バッグに入れなおすと、また走り出した。タクシーで戻って来て、バス停に待たせているらしい。あの階段を駆け上ったら、そりゃ息も切れるさ。

 彼女が自宅に戻ったのは深夜だった。それでも、翌日は予定どおり自身の研究会を開催し、夜は講師の女性と遅くまで話し込み、自宅に私と共に戻った。すっかり疲れ切っていた。彼女が、研究会を職場の「停電日」と重ね合わせてしまい、途中から前日に用意した5つもの「ランタン」を炊いてしのいだなんて話は、私は翌日、彼女と共にコンサートに出向いた男性に興奮して話しているのを聞いたことだ。

 その夜、彼女と共に私は大音量の音楽の洪水のなかに3時間半近くいた。よく響く類い希な声が広い広い空間から感動的に押し寄せて来るのを、私も彼女と共に受け止めた。あの美しい声の主を私が知らない筈がなかった。私の持ち主である彼女が、ずっと愛してやまない人物なのだから。
 ショルダーバッグのなかに入れられて膝の上に乗っていた私は、時折、曲の狭間で、彼女の膝が小さく震えるのを感じていた。彼女がバッグを開けてハンカチをつまみ出そうとした折り、私は、そのファスナーの隙間から、ほんの少し目映いばかりの天井を仰ぐことができた。
 「きみの心のなかに、やさしい雨が降るように・・・」と歌声の主がたたえるとき、その天井が光り輝き、黄金の光がはらはらと降り注ぐのが私にも見えた。ああ、なんと美しい光景なのだろう。そしてなんと魂が浄化される歌声なのだろう。そして、なんと誠実で「懸命」なのだろう。私は、私のことを丁寧に縫い上げた名も無き若い職人のことを一瞬、思い出した。

 やさしい歌声の主は、その心も声と同じであるらしかった。大スターと呼んで良いような声の主は、名曲を歌い上げる一瞬前に、極まり来る感情をそっと抑制しながら「・・・こんなにも大勢のひとが来てくれて・・・ほんとうに・・・ありがとう」と少年のように素朴に呟いた。
 
 私の持ち主は、コンサート会場をあとにしようとした際、あの黄金の雨に見えたものが、正方形にカットされた小さな銀色の紙であったことを、地面に落ちていたそれに気づいて知る。「もしかすると、魔法の時間だったののかな」そう心で呟きながら、今は、ただの紙切れとなったそれらを何枚か拾い上げると、大事に私の懐の奥に挟み込んだのであった。

 言い遅れたが、私は彼女の財布である。
 正月のお参りで引いたおみくじや、彼女の心にそっとしまい込んである思い出にまつわるいくつかのものをささやかに預かっている。




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モノ語り。 :: 2011/09/20(Tue)

 私の持ち主は「はぁ」とため息をつきながら、目前で閉まった列車のドア前で、いらだちに半ば悲しみの混じったため息をついた。この人は・・・いつもそう。彼女は、どうしても何事も早めに手につけられない病気なのだ。彼女が母親に「お昼ご飯には間に合うように行くから」と確かに言ったのを、私はまだ彼女の通勤バッグのなかで聞いていた。でも、案の定、外はもう真っ暗だ。

 台風の影響で小雨が降り、暗い窓の外には何も見えない。
 列車に乗り込んで、もう一つ大きなため息をつくと、彼女はおもむろにキャリーバックから、ノートパソコンごそごそと出してスイッチを入れた。
 私は彼女が旅には必ず持ち歩くお馴染みのショルダーバッグの中で、少しの熱気を感じながら、彼女がキーボードを弾くその音を鈍く聞いていた。私、の入ったショルダーバッグの上で、パソコン・ラヴィー氏は「悪いね、重いだろ?」と私を気遣ったが、「ヘーキよ。この子、いつもこんなだから」と私は微笑んだ。

 小一時間ほど、彼女は集中して何かを考えながら仕事をしていた様子だが、ぽそっと「はぁ。ちょっと調子出てきた」と独り言を言った。と共に、急に私の視界は一気に明るく広がった。彼女がバッグのなかから私を取り出し、私の口を開いたからだ。私がこの懐に抱かされているのは、小さなミラーが付いたおしろい、そしてリップ、あとはビューラーとアイライナーに、赤い髪留めが一つだ。
 
 彼女は、私自身を覆う見かけが、もうすっかりと薄汚れていることに全く気づいていない。私はかつて、何度か彼女の自宅で、靴下だのタイツだのタオルだのと一緒にぐるぐると洗濯機のなかで回された記憶はあるが、それが何時だったかもうおぼろげな記憶である。

 ところで、私はある洋裁好きの女性によって、いくつもの巾着袋と共に丁寧に縫い上げられてこの世に誕生した。もう何年も前に、今の私の持ち主が「私ね、沢山のきんちゃく袋が欲しいな」とリクエストしたところ大小様々な布を使ったいくつものデザインの袋が誕生日に届いたのだ。我が友たちは、今なお現役でそれぞれの役割を果たしている。とくに「旅行には大変重宝」らしい。
 
 話は戻るが、おもむろに私の口を開いた彼女は、コンパクトを取り出して鏡を覗き込むと、ちょんと睫をひとさし指の先で上向きにはじいた後、薄くリップを塗り直した。
 「・・・不景気な顔してちゃね。元気そうに見えないと」。そう彼女が考えたであろうことは、長年のつきあいで私には分かる。
 私はぞんざいに扱われているようだが、実はそうでもない。割と彼女のココロの近くにいる。私はそう思っている。おそらく私のような存在は、一般的にも、世の女子たちにとっては必要最低限ながらのエッセンスを持つ道具を揃えている大切な袋なのだ。それは「化粧ポーチ」と呼ばれる。
 恐らく私のあるじは、とても少ない道具しか持ち歩かない。しかし、彼女は時折、自宅で私を何処に置いたか分からなくなっているとき、ずいぶんと落ち着きのない冴えない顔つきをしている。たいていソファの狭間とか、タンスの上に置き忘れているだけなのだけれど、私を発見した時の彼女はとてもほっとした顔になる。ほんの少しの色味を口元に添えるだけで、ほんの何度か睫を上にあげるだけで「よしっ」という気持ちになるらしい。

 そうやって私は長年に渡って彼女の側にいた。
 しかし、お別れの時は突然やってきたのだ。

 私は彼女の母親の手によって「お洗濯」された。「見てごらんなさいよ!こんなに真っ黒よ!」という声に彼女はその手元をのぞき込むと「やだなー。ずっと気づかなかったよぉ。」と言って眉をひそめた。「お洗濯」を経た私は、前よりちょっと小綺麗にはなった。けれど、しばらく放置されていた何だか分からないシミは薄くはなったが、完全には消えることはなかった。
 
 「ね、余っている布ってない?これ、すごく気に入っていたけど・・・随分くたびれてきちゃったから」。そう言って彼女は洋裁上手な母親に甘えた声で、私にそっくりの形の袋を作って欲しいと依頼した。彼女の母は「私に作れって言ってるの?」と言いつつも、その夜、テレビの前に座ると、ちくちくと手縫いで、あっと言う間に新しい袋を作ってしまった。娘は「わぉ、超かわいい!サンキュー」などと調子よく言って受け取った。

 その瞬間である。私の身体が一瞬にして軽くなったのは。長年抱え持っていた道具の数々は、彼女の新しい相棒の袋に移されて空っぽになった。
 
 さよなら。虚弱でそそっかしくて、でも、いつも頑張り抜きたいと願っている不器用なあなた。
 
 そして、こんにちは。モノがなかなか捨てられない親切なお母さん。よくも私のことを捨てずに「もったいないから何か入れて、これ使うわ」と言ってくださいました。
 でもね、私はもう現役時代を終えた気持ち。
 
 私はリネンの、そしてある南の街に暮らす可憐な女性によってお花の刺繍が施された巾着袋。
 長く長くでこぼこ道を生きる女子に愛されたささやかな人生。結構、楽しい人生だったわ。 
 
 ★以上、ダンシャリされる巾着袋の気持ちになって書いてみました。

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プラス補正。 :: 2011/09/15(Thu)

 百均でカラフルなA4サイズのプラスチック・ボックスを購入し、「学内・事務書類」「学外・事務書類」「研究」「学会」の4つに分類し、めぼしいものを放り込んだ。そこに入る程度の書類以外は出来るだけ整理しようと誓った。ついでに大量の書類を一気に取り込めるスキャナーも買った。少しでも書類を減らそうとして。
 以前はタテ型ボックスを用意して、「急務」「時間があれば見る」「用済み」「しょっちゅう使う」の4つに分けたが、結局機能しているのは「しょっちゅう使う」書類のごく一部だけだ。どうしても整然と上手くできない。かろうじて思い通りに整理出来ているのは自分の講義ファイルくらいだ。
 
 文具品を上手く使いこなし、モノを徹底して整理できている人の秩序に憧れてならない。整理整頓が上手いひとは当然仕事もデキるらしい。自分は、目的のファイルの居場所を一度で突き止めることは滅多になければ、よく手に取る文献さえ二カ所くらいの本棚を数回のぞき込んで探し出す。ごく控えめに言っても、今更ではあるが、頭の悪さの象徴である。そして、あまり解消に努めていない人間だ。そう思うと息苦しくなってくる。

人気のない池とボート。 ある男子学生に「先生の部屋は案外散らかっている気がする」と言われて、自分で思っていたより余程むっとしたらしく自宅の写真を、敢えて「お片づけ前」にケータイで撮影し、わざわざ当人に公開してやった。「ふーん・・・あまり何もないんですね。なんか下宿生の部屋みたい」とな。失礼極まりのない小僧め!
 私んちは「一見、スッキリした家」なんだぞ。

 あぁ、たしかに一見、だけどね。
 
 管理できる範囲の量はごく僅か。数年、見ないでいた書類を全部そのまま処分してもたぶん致命的なことにはならない。一度やってみよう。そう考えているときだけ気分が少しよい。
 自分を冷静に客観的に正確に判断しようなどと思ったら生きていけないわ。
 

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作文屋。 :: 2011/09/08(Thu)

 中学くらいの頃、「ね、ね。今日さ、どうしてもプール授業受けたくないねん。この連絡帳に親からの手紙みたいなやつ書いてくれへん?」と頼まれて「あ、いいよ」と安請け合いし、しょっちゅう色々な同級生たちの親のフリして作文していた。当時は、まぁまぁ文字も綺麗なほうだったのだ。
 「○○先生、いつも大変お世話になります。本日、娘の○○は少々、風邪気味で体調が芳しくない様子でございます。プール授業は控えさせて頂けますでしょうか。よろしくお願い致します。○○より」ひょっとしたら、ひょっとして先生は気づいていたかどうかは分からないが、バレて叱られたことはない。
 
 翻って、私の母は父の元に届けられるお中元などに一筆お礼状を書くのも大変億劫だったようで、あるとき、思わず見かねて「私が書いてあげるよ」とまで言ったことがあった気がする。もちろん断られたけれど。
 そのくらい、昔は書くことに対して伸びやかだった。
 小学生の頃、読書感想文は、本は読んだままの感動の勢いで一気に書き上げることができた。もう、溢れるばかりの感情を爆発させて原稿用紙に書き連ねたあの気持ちを覚えている。
 それが高校生あたりになると、当時、クールで感情をあまり表に出さない小田さんに憧れ過ぎたせいで支障が生じた。国語の授業で書く読書感想文も、いささか淡々と理屈っぽく客観的であるほうが格好いいと思うようになってしまったのだ。当時の年配女性だった国語教師が「よく書けています。が、感想文はもっと感情豊かに書いてみましょう」と赤い文字を入れたことを鮮明に記憶している。

 母が私に「絵本作家にならないかなぁ」と願っていたらしい、と聞いたのは成人以後である。
 かなり、その思いから外れて、「やめておけばいいのに」と母が臆せずに言った面倒くさい論述などを生業にする職業に就いてしまった。ごく希なケースを除いて今は、書くものは皆、産み出すのも苦しいうえ、書いてしばらくは当分、読み直したくない類のものだ。
 
 一方、ある程度「この人はこうゆうことを言いたいのだろう」と察することが出来た場合、ある限定条件のなかで作文や添削をするのは、好んで行う傾向はあるらしい。それを、とある同僚は見抜いている。会議の狭間に「ね、ね。これとこれこれね。この条件を全部入れて、○○について作文して?ぜーーったいにあなたのほうが上手に出来るはず~」とおだてられて内職をしている始末だ。”こうすればもっとよくなる”という部分は人のことのほうがよく見える。
 
 はぁ。ネタの仕込みがまず執筆の第一歩だ。
 書くぞ!
 

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