風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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keep on trying :: 2011/12/31(Sat)

 自宅のカレンダーを来年のものに変更した。先日、ドラッグストアで貰ったものだ。あまり気に入っているものではないが、とりあえず目に触る部分はカットすれば使えないでもない。気に入るものを見つけるまでは代替しよう。
 昨年は、大学で使い勝手のよいカレンダーを学生分も含めて買おうとしたら、事務に出入りする業者さんから沢山、届くので「好きなのを持って行ってくださいな」と言われたのだ。めぼしいものはだいたい無くなっていたけれど、NTTが作っているものが割によかった。
 広告も目立たず、真っ白い紙に沢山余白を残し、中央に描かれた絵は色彩も優しい色味で、毎月めくるのがちょっとだけ楽しみだった。一番気に入っていたので研究室ではなく自宅に持ち帰った。そうだ、「ちょっとだけ楽しみ」は自覚して暮らさねば損である。

 今年はすっかり忘れていて、事務に余ったカレンダーをくださいなんて言ういとまがなかったな。
 それでも、カレンダーを年が明ける前にはり替えた年は久しぶりではないだろうか。

candle 今年の後半から急激に忙しない日々を送ることになってしまったけれど、これはまだ少なくとも2月までは継続する。気持ちをゆったりと構えつつも、なおかつ底には落ちてしまわない程度に低空飛行で進み続けておくくらいでゆこうと思っている。従来、120%までにテンションを上げたあとは、必ず沈みがちになるライフスタイルでは再び浮上するのにとてもエネルギーが要る。常に「先のこと」をイメージしながら、出来れば楽しくやろうではないか。

 今年は沢山、アジアからの留学生から研究生にしてほしい旨の申し入れを受けた。とくに中国。時代である。
 
 さて、来年はどんな年にしようか。それはともかく、自分は今年、少しでも成長したのだろうか。
 何もかもは、一つに繋がっていく筈だと信じ、ようやく年賀状図案も印刷できたので、今年を終えようと思う。

 みなさまも、よいお年を。
 
 追記:
 小田さんのクリ約は誰がなんと言おうと素晴らしいものだった。私は冒頭のWe wish a merry・・・で、殆ど衝撃的に音楽的な感銘を受けたのだった。これについては後日、書いてみたいテーマの一つだ。

 

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Fun more time! :: 2011/12/25(Sun)

 今週明けは「やるべき」リストと書いたものを、「やりたいことリスト」と表記自体を変更しようと思う。
 この人生の主役が自分だと見失うことなかれ。
 
 
 お鍋いっぱいに、久しぶりに具だくさんの豚汁を作ったクリスマス・イブ。鍋がクツクツ音を立てたり、そこから野菜の甘い香りが漂ってくるのって癒しだ。

めりくり2011-2-2 子どもの頃は、よく夕方遅くまで外で遊んでいた。冬は日が落ちるのがあっという間。それでも、白いボールが見えなくなるまでキャッチボールをしていたっけ。
 やがて、近所のうちから材料を煮込む何とも言えない懐かしい匂いがしてくる。そうすると「あぁ、そろそろ帰らなきゃ」と思うのだ。でも、まだもうちょっと遊んでいたくて、あと一球、あと一球とやめられない。「どのタイミングでおしまいって言おうか」と思う鼻先をシチューやカレーや肉じゃがのような甘辛い匂いがくすぐる。
 当時は、台所で調味料が足りなくなると、「○○さんちで、少し分けて貰ってきてね」なんておつかいが成り立っていた。そんなコミュニティのあり方が普通だった最後の世代かもしれない。
 
 先週末、同様に激務をきわめる同僚がもう夜も9時をまわったころ、「おつかれさまでーす」と言って、職場を出る前に立ち寄ってチョコレートを差し入れてくれた。以前は時折、そうやって部屋を行ったり来たりして違いの奮闘ぶりを報告しあっていた。ずいぶんと久しぶりの訪問が嬉しく、すこし安堵する。相変わらずのすっとぼけエピソードには事欠かないので、さんざん大笑いして貰う。


 クリスマスイブに火を通す料理は豚汁だけ、と一度は決めたが「トマトソースの缶詰を開けちゃったから、ついでにオムレツも作ろっと」などと思いながら、「しあわせ」と「豊かさ」について考える。

 今夜は小田さんのクリスマスの約束。「これにしときなさい」と助言を受けて買ったばかりのブルーレコーダーで初めての超高画質での「予約録画」である。
 ひとまず、今年の前半とっても励まして貰った小田さんにお礼を言うためにテレビの前に正座をして待つべし。

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年越し春雨で、心を鍛える。 :: 2011/12/18(Sun)

 やむをえず、3週続けて土曜日に研究室に出向く。師走になり、あっという間にまたタクシー生活に戻った。いかんいかん。先週、「タイムマネジメント」の文字につられて、ついコンビニで中身も見ずに「日経women」を買ってしまった。そうした類のものにすがろうとしている時点でもはや駄目だ。

 来年の目標を少しずつここに書いておこうと思う。

 『月に一度、父と勉強会を持つこと。』
 
 ものすごく長い反抗期を終えてから今に至るまでの時間のほうを短く感じてしまう。今は父は「乗り越えるべき壁」ではすっかりなくなった。
 このごろは、学問的に完璧な自立をしなくてはならないという焦りと共に、「ね、この知見をどう思う?」「このデータの何処がおかしいのかな?」という話を、まだまだ当分共有していたいと切に思う。できるだけ長く、そうありたい。勝手な願いだけれども、ずっとある一点においては冴えていてほしい。ほかは、全部天然ぼけていても構わないから(母は大変だけれど)。
 「さっきも説明したでしょう?」なんて不機嫌に偉そうな言い方をやめよう。電話を置くたびにちょっと情けなくなる自分。何度でも丁寧に説明できるようになろう。

 
 卒論提出も迫ってきて、学生指導やマネージメントにも器量が追いついていかなくなってきている。大勢の学生を相手にすると感情労働として負荷がかかることも予想はしていたけれど、予想の範囲を超える出来事も起きた。機材や文献などの貸し出し依頼に一つずつ対応することさえ、もはや気忙しい。先日、「自分たちで用意して管理することも考えなさい!」と言い放った後は、敏感な学生が、おずおずと研究室に謝罪やお礼を言いに来たりして少々苦々しい。
 
 先日、ずいぶん早いクリスマスパーティを終えたのに、次は、ゼミ室にジャンクフードや手作り料理を持ち込んだ年越しパーティをいそいそと企てている。
 ちなみに狭い演習室には壁に備え付けられたホワイトボード以外にさらに2台も持ち込んで置いてあって、いつも何かしらの文字で埋まっている。そこに書き連ねた私自身の文字や、綴られた学生同士のメッセージやメモなどをずっと写真に記録し続けたら、我々の短くも濃い歴史を紡ぐ興味深い題材になったことだろう。
 その日は「パーティに持ってくるものリスト」が新たに書き出される。「おにぎり!(3人で作る)」「カレーパン(○○さんにお願い)とか。「年越しそば」は、どういった経緯で「はるさめヌードル」でもまぁ、いいか、となったのか、間近で聴いていても判らなかった。

めーめー組 さらに、自由奔放気味で重要なイベントにも来たり来なかったりしがちな友達の名前も「持ってくるものリスト」に併記するおかしさ。この日だけはなんとしても全員で過したいという熱望。口々に話す彼らを、調査から戻って機材を返却してくれる約束の学生を待ちながら傍観していた。これほどまで個性の違う人たちがよくぞ一つのチームになったものだ。こんなちっちゃい怪獣みたいな連中と・・・と、(そのときだけ)一瞬しみじみしていると、ある学生が言った。「先生、ぼくらに一杯手のかかるおかげで、心が鍛えられたでしょ。最近強くなったんちゃいますか?(笑)」
 
 「心が鍛えられた」だって?

 折に触れ、その言葉がごーんごーんと頭のなかに響き渡る。

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その顔が見てみたい。 :: 2011/12/03(Sat)

 全体としては、決してサボっていたわけではないけれど、先週の半ば、結構な疲労を感じて、少々ゆったりと過ごした日を挟む。すると、何だか週の終わりには「あれもこれも」作業が山積みになってしまった感覚に陥る。 金曜、夜9時半過ぎ。すぱっと仕事をやめてバス停に向かって走ろうかとも思うが、頭の中が何だかまだ、ごちゃごちゃしている。研究室のあらゆるデスクやテーブル上に、とりあえず積んだり、並べたりしてある書類が何のカテゴリで、内容がどうなっているのか、もはやよく分からない。それも混乱の原因かもしれないと思う。
 この状況を週明けに持ち越すと効率が著しく下がる。思い切ってバスに乗る時刻を遅らせ、3つほどの書類層を崩して行った。直ぐに必要な書類だけは整えて「ここにある、よしっ」と指先確認。そのあと、この土日にやっておいたほうが良さそうなことを全部、書き出す。半分もやればいいほうだろう。いつもの私であれば。全くやらないのだけは避けたい。少し片づけてやるべきことを可視化したら、ちょっとだけ安堵する。深夜に帰宅。
 
 そうした日々の渦中の出来事。事務メールをさばいているなか、ある室に所属する男性職員から「○○の件ですぐに電話を」との連絡。言われたとおりかけると、ごくシンプルに言えば「きわめて感じが悪かった」。電話を切る時に「ご連絡、どうもありがとうございました」を、どうしても最後まで言い切れず。「はい、はい、どうも・・・」と語尾が切れるままに受話器を置いた。鏡だ、相手は。苦々しい気持ちが残る。

 思うに、我々は全く顔を知らない同士なのだった。組織が少し大きくなると、文字と声だけの無機質なコミュニケーションになりがち。むしろ完全なマシーンならいい。コンピューターは少なくともイヤミは言わないし。
 だから、私はこうしようと決めた。電話口では、すぐに手続きに来るように言われる。来週、あそこに出向いた折りには「よく顔が見えない人たちが居る一番奥」に向かっておっきな声で「○○さんは何方ですか~??」とその名前を呼んでみよう。「あっ、あなたが、あの○○さんですね」。慈愛を満面にこめる努力を。欺瞞ではない。技術だと思う。
 「どーもー。いつもお世話になっています。時々ご迷惑おかけすると思いますが、今後とも色々教えてください!」と言って、しっかりと顔に名前を覚えて頂こうではないか。多少バカだと思われても全然構わない。ただ、人格を持った人間であることだけ認めてほしい。今後の疎通が少しでも気分が良いものになればそれでいい。実は、この策を実践してみるのは二度目だ。私にはそれの成功事例があるので、「前例に従う」。

 母から届く食料物資の支給♪こんな歳になっても、まだ実家からのお届け物・・・でも、楽しみなんだよな、何が入っているか。いつものあれこれに、ちょっと違うもの入ってたりして。愛情感じちゃうなー、とか、幸福の紙袋をバサバサと解く。キットカットの赤い袋や初お目見えのレトルト食品・・・の箱上に、ちょこんと乗っかっていたそれ。

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