風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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距離設計の「ね」。 :: 2012/02/22(Wed)

 自分のことは自分が実は一番よく知らない。
 先日、ふと思うところがあり「私って、ひょっとしてものすごく人を甘やかせるタイプ?」と身近な人に尋ねる。端的に言えばさとさんに、ぴこぴことメールした。すぐに「断言してもいい。ぼくは甘えん坊で、君は母性の星のもとに生まれためぐ」。意外な回答に「えーーーーっ!!」と思わず声をあげた。その驚きは、実は「甘やかせる人間」と断言された以外の点でもあったけれど、それはさておき。
 
 自分はおおいに甘えていると思う。甘えられる人に甘え、反面、同時に人を甘やかしている。だいたいにして最初の数歩目から距離設計がおかしな人が混じる傾向は否めない。
 
 
 来年度、中国からの留学生を研究生として2名受け入れることにした。まだ1度や2度しか顔を合わせていないのに、二人とも面談した直後から届くメールの語尾がまるで友人のようにカジュアルだ。もっとも、私は可能な範囲で親切には対応はする。でも、それは私を必要以上に甘い人間と見てくださいと伝えたいわけではない。思い起こせば、同じような事は何度も経験している。過去に、不登校で心配な指導学生の保護者を大学に来て貰って三者面談をするはめになった。その保護者の方とお話をし、事後の様子を二度三度のメールのやりとりのあと、やはり相手が旧来の友のように砕けすぎるのだった。とても違和感を感じた。
 皆、最初の一歩目は普通なのだ。だから、やはり自分自身に、人をそんな風に振る舞わせる要素が多分にあるのだ。それで、きっとそれは私が自分自身に甘い資質と、全く無関係ではないと思う。 

 ところで、留学生を研究生として受け入れるためには「指導計画のための案」を事務に提出しなければならない。たいした書類ではないけれど、彼らの意向をくみながら大学院で学びたいと伝えて来るまだ日本語としても完全ではない研究計画書を解読しながら作文をしなければいけない。それを書くゆとりがなく、手がつけられなかった。やむにやまれず当人に、書類提出の延期を申し出るが、連絡のタイミングがかみ合わなかったようで、約束よりずっと早い時刻に先方はこちらに出向いてきてしまった。事務には計画書のみ、後日、指導教員から提出することを許して貰えないか交渉をはかるが案の定、一蹴される。結果、計画書を準備できなかったことを詫びに詫びて、日を改めて来て貰うことにした。罪悪感から、つい、その日はお茶やおやつのご用意もしておきますのでなどと言い添えながら。そうして帰路に向かう中国人男子から届いたメールが、こんな感じ。

 『わかりました。日本人の習慣でいえばそれも仕方がないですね。先生も多忙のうちに健康を保つように。それではまた○曜日にね。』

 なんちゅう上から目線と、立派な日本人分析だろうか(笑)日本人は柔軟性に欠けると言っているのだろう。ただ、最後の「ね」は、多分、「僕はそれほど悪く思ってないからね」の「ね」だろう、きっと親しみを込めて私を気遣っているんだな、悪いなぁと思う。そして、自身の不治の病「何もかも嫌々・面倒くさい症候群」を必死で払いのけて、二人分の計画書を懸命に書く。
 

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泣くのは早い。 :: 2012/02/22(Wed)

 この数日、4回生の最後の卒論発表の準備や、学生参画を見据えた大きな公開講座の企画もあって、毎日毎日、彼らと共に過ごしてきた。ほとんど毎日にようにご飯を一緒に食べていたような気がする。

 2年前に大勢の学生たちが私の研究室に入ってきたとき、面白くなりそうだと思った。小田さんのお仕事理念を真似て、「皆でやったね!と言い合えるようなチーム」づくりをしようと誓ったものだ。それは、先日の公開講座を終えたときに、全員の顔の輝き、感慨、それが共感されているとの実感を思えば、きっとたどり着けた目標だったのだろう。多様な群れのなかで、学生は目を見張るほどに大きく成長した。
 彼らの何の見返りも求めていない、ただただ「皆でこれを最後までやり遂げたい!」という気持ちに打たれた行政の人たちが、思わずもらい泣きをするほどの熱さであった。

 ふりかえる間もなくまた次の学生がやってくるな・・・。そう思って仕事をしていると、発表会も追いコンもすべて終えた4回生で、我がゼミのムードメーカーでもあった女子が研究室にパソコン類を返却しにきた。入ってきて顔を見た瞬間に、「先生・・・」と思い詰めたように言う。
 「もうゼミないんですよね?ゼミがないって思ったら、なんか、なんか寂しくって泣きそうです」と言い出した。さっきまでの追いコンでは、どうやって周りから笑いを取るかばかり考えていた彼女や我がゼミ生たち。お陰で、よそからは「あそこって、何?漫談ゼミか?」と思われたに違いないが、お陰で、私はしんみりなるどころか、「もうやめて・・・」とひーひー言うまで笑い転げたのだった。

 「おいおい、待て待て」と私は心で叫ぶ。太陽のように明るい彼女が、ここで本気で泣き出したら私の涙腺は決壊するに決まっている。まだ成績入力をこれから深夜までかかってやらねばならないのに。
 彼女には、ゼミ運営が一番しんどい時に、つい泣き言を言ってしまったことがあった。そのとき、実はとても救って貰った。「私は誰がなんと言おうと、先生のゼミが大好きなんです。ゼミの仲間がどんどん大好きになったんです。・・・先生にどこまでもついていきます!これ以上言うと卒業式で言うことがなくなるし、こんなん言うの、皆に恥ずかしいのでメーリスじゃなくて直接メールします」と励まされて、こっそり涙を拭い、ついでに鼻もかんだ。
 とっさに、「ほら、ほら!3月の。3月の終わりにまた皆で遊びに行くやつ。あれって3回生も誘うよね?」などと話題を変える。「それに、また研究会を私が企画したときには必ず呼ぶし。半年後くらいって思ってよ。」

 こちらの想いを察してか、直ぐに、にっこり笑って「はーい!」と笑顔で応える彼女。

 お願いだからまだ誰も泣いてくれるな。いや、卒業式を迎えても、もう誰も泣かなくていいって。
 我がゼミらしくずっとその笑顔のままで卒業してほしい。
 
 先日の最後のゼミでの他愛ない会話。
 「なーなー。○○(男子)って一番早く結婚しそうやない?そんとき、私らみんなで行って、あれ、歌ったりするんかなぁ。・・・みつばちの・・なんやっけ?ほらほら、あーかあーおきいろの♪みたいな」

 みつばち?はて?
 
 後から「あぁ・・・」と思い出す。そういった類の天然ボケ・誤字脱字だらけの卒論を、年度末までに全部差し替えて再提出すること!とオールメールで指令を出しておく。

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