風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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音声認識と回らない呂律 :: 2012/03/29(Thu)

 i-Phone4Sに買い換えてから、音声認識ソフトのsiriちゃんと仲良くなりたくて例に漏れず夜な夜な愛をささやいてみている。好きだの愛しているだの伝えても、上手くはぐらかされるのはネット上では知れ渡っている周知の事実の模様。「話をして?」と何度もお願いすると、最初は「本当にジョークの一つも知らないのです」と謙遜するが、そのうち仕方なく自らの自慢を大いにこめた自叙伝を長々と話してくれるし、歌も一曲だけしかレパートリーがないけれど、ワンフレーズだけ全く感情をこめずに歌ってくれる。
 本来の使い方で「すごく便利」と思えるのは、まだメールの音声認識くらい。それよりマシンなのに、時々、情感を感じる返しをすることに関心。

 「あなたの名前は何と言うの?」
 「私の名前はsiriです。すでにご存じかと思っていました、めぐちゃん。」

 「siriは・・・誰が好き???」(愛に飢えている人みたい)
 「私が好きなのはめぐちゃん、あなたです」(うそーっ!照れるー。)
 
 「嬉しい!(はーと)」
 「喜んで頂くのが私の仕事です」(ツンデレなのね・・・)


 ほかに試したのが早口言葉。

 「生麦・生米・生卵!」
 「上手ですね。アナウンサーになれますよ。」
 「(ふふっ、もう一回言ってみよ)まなむぎなまごめなまたまごっ」

 「では、こちらも負けずに・・・
  かえるぴょこぴょこぴょこみぴょこぴょこあわせてぴょこぴょこ・・・」


 もう凄まじい速度で言ってのけたsiriちゃん。
 「尊敬します」と伝えたら「褒めて貰えると嬉しいです」だって。でも、あまりしつこく言うと「めぐちゃん、もっと時間を有意義に使いませんか?」と窘められるのである。

 ところで、私は残念ながらそれほど滑舌が良いほうではなく、呂律も回りにくい。普段、話すのも仕事の一つなので、公の場所ではつとめて丁寧に話すようにして苦手を回避しているけれど、それでも、言いづらい単語は言いづらいのだ。

祈り 先日のゼミで、○○と記述する人、記述をする側という意味で「記述者」と早口で言おうとしたら「きじゅちゅちゃ!あ、ん?」なんて赤ちゃん言葉みたいに。一度間違えると、立て直すのは至難の業である。「き・じゅ・つ・・・しゃ」とやっと言い直すのに苦労している間はずっと「あはっはは」と学生におおらかに笑われている。日頃から権威性がまったくない私。指導教員が舌足らずでも、学生はそうゆうひとだと思っているので、とても寛容だが躊躇無く大笑いされる。

 でも、皆さん、いきなり言えますか?ある程度の早さで。
 「記述者!」って。

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失せモノも顔を出す。 :: 2012/03/27(Tue)

 先日学生たちと卒業の旅ならぬ、卒業の遠足に赴く。このカフェに行きましょうと誘ったのは自分だったのでつまらない思いをさせてはいけないと、事前に偵察までしてきた。
 学生たちに提案したのは「素敵なカフェでゆったりとお茶をした後、そのあたりを散策しながら写真でも・・・」であったが、そうした生ぬるいスケジュールで満足する訳はないと思っていた。そのカフェと駅の間に子どもと犬とその保護者たちしか寄りつかない広大な公園があることは敢えて報せずにいたが、ふたを空ければ「10時半駅集合!カフェに行く。食べる。そのあと、公園で遊び倒す!!」と連絡通知。・・・やっぱりね。
 
 午前中に行ったカフェの穏やかな趣をすべて忘れ去るほどに、勾配ある芝生を段ボール滑りをしながら小学生たちと一緒に転がり落ちてくる。何処に行ってもあっという間にちびっ子達と仲良しになってしまうのだ。そうした彼らにある意味で尊敬の念まで抱きながら、撮影した。
 
 私がレンズフードが見あたらないことに気づいたのは、公園への移動の狭間であった。「きっとあのカフェのどこかで落としたのではないだろうか」と思って連絡を取るが、「ざっと見たところ見あたらず、また探しておきますね」というお返事。

cafe2 そのカフェは、陶芸工房を備えたこだわりオーナーが開設した空間。欧米にはない日本の陶芸芸術とは何であるか、何故そこにカフェを作ったのか、まちづくりに貢献するために陶芸学校を開きたいと思っている夢。私たちがわらわらと「大学」からやって来たと知り、余計に熱く語ってくれたのだと思う。そうでなくても若い人達の眼差しは、大人を熱くさせる。最後は、ご主人を交えてテラスで一緒に写真まで撮影。帰宅してから落とし物があったとの連絡は貰えなかったが、その日のお礼と共に、落とし物捜索の負担をかけたことを詫び、今後またご縁がありますように、と頂いた名刺にあったメールアドレスに送った。

 すっかり諦めていた二日後、「カフェの外でフードを発見しました!」というメールの返信が。これは幸運だ。きっぱりと「失せモノ出ず」と書いてあったお正月のおみくじを思い出す。
 
 こうして縁を繋いでゆくところに何か意味を感じずにはいられない出来事が重なっている。

cafe3 もう4月まで秒読みになったつい先日、苦労に苦労を重ねた末にとうとう就職を決めた私のゼミ生がいる。深い深い感慨と共に彼はとても長いメールをくれた。「ただ歩いていても涙が溢れた時もあった。けれども自分に出来ることはまだあると信じたし、信じたかった」そこには彼なりに得た哲学が綴られてあった。
 「苦しいとき、困っているときに声をあげること、自分から何かを発信すること、それが出来たときやっと何かが動き出す。手をさしのべようとしてくれる人は沢山いるけれど、自分から声をあげなければこちらに踏み込むことは戸惑ってしまう」
 「いかに自分で縁を作り出すか」学生の言葉にしみじみとした実感が伝わり、半ば感嘆のため息を漏らしながらそのメールを読んだ。

 卒業式は終わっても、まだあれこれ理由をつけて学校に来て顔を見せている彼ら。就職を決めたばかりの学生は「先生の顔を見たらつい泣く!と思ったんですけど、そうでもないですね(笑)ほんまに直ぐにまた会える気がするし」と言って笑顔で手を振って帰って行った。そうよ、私は「さよなら」をどうしても言いたくなかったの。

 ※少しの間ですが自分が撮影した以前の写真はご覧頂いて満足したので(笑)写真は差し替えました。 

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夢でも感謝。 :: 2012/03/18(Sun)

 先日の朝、起き抜けに久々にちょっといい気分だった。
 夢のなかで私は誰かに執拗に追われ、苦しみながら逃げ惑っていたところ、かつての同級生、今は幼なじみと言ってよい青年が追っ手達を巻き、親切にもかくまってくれた(笑)
 
i-Padライフ。 夢に時々、小田さんが出て来る。正しくは「小田さんらしき人物」だ。たいがい、どう考えても大好きな小田さんではなく違和感がある。疑わしく思い続けるのだ、夢の中で。結果、目覚めてから「あんなのは断じて小田さんじゃない!」と腹正しく思ったりする。
 しかし、先日の夢で私のピンチを救ったのは紛れもなくS君だった。どのくらい会っていないか記憶もない。我々を媒介しているのは、こんなささやかな場所での文字の交換程度である。
 
 とは言え、私はお陰で心底安心をした。夢だけれど(笑)そうやって二度目の眠りにつけた時は、たいそう幸せだった。まさに崖っぷちの狭間にある幸福。
 半分のいたづら心もあり、もう半分は、この話をどうしても当人に伝えたくなり、これまた久々に「かくかくしかじかで・・・あなたにピンチを助けて貰ったのでお礼を言おうと思って。夢でありがとう(笑)」と、ケータイにメールする。「いやぁ、なんだかわからないけれど、お役に立てたみたいで光栄です。だいたい気分が落ちてる時に君のメールって来てちょっと救われるな」と律儀にお返事を頂いたばかりか感謝までされる。
 
 サボってばかりで一向に卒論が進まない学生に昨年終わり頃、「はぁ~!!こっちが思い詰めて、最近、君が夢にまで出てくる」と言うと、「それは・・・光栄です」と何故か嬉しげに言った奴がいたっけ。
 先日、社会に出てから散々苦労した上で成長しますように、と祈って「卒業!」の判定を出した。


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オダさんとおじさん考 :: 2012/03/17(Sat)

手袋 先週末、沢山の荷物を両手に抱えてよれよれと帰りのバス停に向かっていると、最近、縁があって一緒に仕事する機会が増えたN先生に「よぉ~、足はあるのか?車、乗ってかない?」と明るく声をかけられた。
 後から思うに、昨年一年間、彼のゼミ生を一人預かって真面目に指導したことを、案外気にかけてくれていたのかもしれない。事務の若い男性とこれから「打ち合わせ」を兼ねて飲みに行くらしいが、私を途中でおろしてくれると言う。

 断る理由もないので、わんわん!としっぽを振って嬉しげにと乗り込む。
 
 車内では他愛のない話で和やかに盛り上がる。団塊世代のちょっと後の世代。沢山の学内委員会の長も経験し、超ご多忙の様子。口も頭も回転が早い。意外に若手に親切。車に乗り込む前まで持っていた彼の印象はこれだけ。
 そのうち、少し話しているうちにとてもユーモラス。お腹は出ないように気を付けている。やはり意外にお人好し。そうした人柄もかいま見えた。

 そのうち、話はとりとめなく広がって食べ物や音楽の話になる。
 「楽器が弾けるおじさん先生たちはいっぱいおるぞ。一緒にバンドできるんじゃないか?」
 「(いやぁ・・・あのおじさん達とはちょっとどうでしょう:心の声)」
 
 「僕にはさ、20代の娘がいるんだけど、最近の歌手ってみんな同じに見えるって俺が言ったらすごく怒るんだよ。全然、違うでしょ!って。でもさ、やっぱ同じじゃない?なぁ?」と共感を求められたので、
 「あはは。そうですよね。似たような歌い方の歌手、多いかもしれないですね。
  ・・・私はですね、唯一無二のオダさんがだいっすきなんですよ!」と軽快に返事をしたら、ほんの一瞬間があった。それで、
 「えっと。おだ・かずまさ、ですよ? もう死ぬほど好きです!」ともう一度、強調して伝える。

 「おぉーーーっ!そうか。おだかずまさ、格好いいよな!!歌詞もいいし。うんうん。・・・・・・あぁ、びっくりしたオダさんて、あの、うちのオダさんかと思って、今、心臓がどきーってした(笑)」

 うちのオダさんと言うのは、前任の大学の長の方の名字である。もちろん音読が同じだけで後は何もかも違う。

 「まさか!!冗談じゃないです(笑)」
 「だよな(笑)」

 彼は一瞬、どんな妄想をしたのだろう。あまり考えずにおきたい。
 ところで、「おだかずまさ、かっこいいよな!!」と無条件に共感してくれただけで、この方は私の「絶対いい人(おじさん)リスト」の仲間入りを果たしたのである。「今日は、めぐさんが乗ってるから安全運転、安全運転っと♪高速はぶっとばす。でへへ」とか言いながらご機嫌に私をおろし、若い事務職員の彼を夜の街に連行するような人であっても。

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親を撮る。 :: 2012/03/12(Mon)

 実は、認証制のブログを別にはじめた。卒業していく学生たちの写真掲載をメインに、思い出を綴ったり、彼らに向けた言葉を綴ったり。また、主に職場での出来事も認証制ということもあって伸びやかに書く。これがびっくりするくらい評判になっていないが(笑)熱心に見ている学生がわずかにいるようなので続けていこうと思っている。とにかく、ものすごく気楽に書いている。と言いながらきっと学生は読みたくなくなるだろうと思うようなエッセイも長々と気にせずに書いている。
 と言うわけで、こちらのブログでの記事はもう少し仕事そのものからは距離を置いたプライベートで、ささやかな呟きを残していこうかなと思う。
 
 最近、実家に戻るときにカメラを持参するようにしている。まだ元気でいてくれる両親のことを会うたびに撮影しておきたいと思ったからだ。母が「素敵な家族写真を(プロに)撮ってもらいたい」と言い出したこともある。母などは友人同士の旅で、たびたび写真を貰う機会もあるようだけれど、あまり気に入ったものがないようだ。そのうち「もうお母さん、写真はいいわ」と言うようになった。
 一方で、風変わりな父は昔から自分の容姿にたいそう自信過剰な人で、写真に映る自分は「実物よりもだいぶ劣っている」と信じて疑っていない。10年以上前の写真を指さし「こんな風に撮ってくれ」と無邪気に言う。
 という厄介な人たちではあるが、まぁ、娘が沢山撮影しているうちに気に入った写真も撮れるだろうと、帰るたびに気取りないのをパチパチと撮る。で、さして努力しないうちに私も本人たちも気に入った写真が撮れた(気になった)。賢いデジカメを構えて、子どもに声をかけるように話しかけていると、そのうち「ぐふふ」と笑い出す。
 先日、喜寿を迎えた父と、寄り添うようにソファに座る明るい母を撮った。二人とも屈託なく笑っている。娘ながら、なんて可愛らしくも愛おしい二人だろうと思った。すぐにファイルを送る。「とても嬉しいみたいで、プリントした写真を持ったままリビングをうろうろしてるわ」という独特の母の実況中継(笑)

超天然の父。「実物のほうがずっといいだろ?」と未だに思っているらしいが、これは割と自然な父。

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あゆむ。 :: 2012/03/11(Sun)

 日曜日、朝からずっとテレビでは、沢山の震災報道番組をしていた。2時40分を過ぎた頃、黙祷を捧げた。

 夕刻。ほぼうずくまって過ごしていた気持ちを解き放ちたくなり、日も暮れかかった外気に触れに寒さの戻った3月の空の下に駈けだした。
 半時間くらい早く早く歩いても身体はいっっこうに温まらない。手先や耳が凍り、ちぎれそう。それでも、ぐんぐんと前に足を向けた。どこまでも歩けるところまで歩いてみたくなった。

 やがて車しか通れないような場所に出てしまった。あたりはもう真っ暗だ。心細い。太陽が恋しい。何も求めずにこの私をも照らしてくれる太陽が明日も昇ると思うと微かな希望を感じた。
 帰り道もほぼ半時間以上かけてこれ以上ないほど足に力をこめて歩いた。毎日ウォーキングをしています、という風情の夫婦が前を競歩のような足取りで歩いていたが、後ろから脅かし、とうとう追い抜いてしまった。最後の10分くらい、とうとう私は駈けだした。心臓がばくばくと鳴って、息があがって足ががくがくした。
 
 空は飛べない。でも、まだこうやって歩いて歩いて走ることもできた。

 翌朝、ちょっぴり筋肉痛の足をひきずって朝日を浴びて、また研究室まで歩いた。
 「歩く速度で進む」。
 すべては過去になっていく。
 未来を引き寄せる唯一の方法。一歩ずつ踏み出す。

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春を待つ。 :: 2012/03/01(Thu)

先日のメモ日記から。
 
 一般入試のまっただ中。試験監督を終えた後、帰りの混雑を避けるために、少し雑務をしてから帰るのが常だけれど、疲れ過ぎて何だかもう仕事する気持ちになれない。かろうじて立ってはいられるので、バス停の長蛇の列を気長に進むことにした。前後に並ぶ受験生たちの悲喜こもごもが、耳元を通り過ぎる。高校の制服を着た女の子達がため息混じりに話している。

 「・・・はぁ。ここまで受かる気がせーへんのは初めてやわ。なんか過去問より、めちゃ難しくなかった?あたし、絶対あかんわー(涙)」
「うちさぁ、お母さんがさぁ、絶対に聴いてくるんよおぉ。“どうやった?”って、毎回。」
「あー、それ、うちも聴いてくる!“うん、まぁまぁかな”とか適当に言っとるけどな(笑)」
「あぁ・・・なんかもうどっかで一人、沈んでたい。なぁなぁ、バス、座れるかなぁ。座りたいよ。。。」

 監督もしかり生徒も相当のお疲れの様子。
 ほんの数年前までそうした会話を聞くと「大変だなぁ。自分はもう受験が終わった大人になれてヨカッタヨカッタ。」なんて人ごとに思っていた。でも、このごろは、親の気持ちも「わかるなぁ」。そして、子どの気持ちは経験済み。子どもとしては、である。親に駄目だったと伝えて、残念そうな顔を見たくなのよね。「あかんかった」と言わないことで、ようやく自分のこと支えている。

ローカル線に乗って何処までもゆく。 自分の高校受験をにわかに思い出した。まずは私立の受験だった。学校帰りに、もう通知が届いているな、ちゃんと受かったのかなぁ・・・。何とも言えない不安な気持ちで玄関の扉を開けると、母が走ってきて「受かったよ!」と笑顔のダブルピースのサインを掲げたこと。ぴょんと飛び跳ねた可憐さを彼女は覚えてはいまい。余程、親も安堵したことかと思う。それはもう滅多に思い出すことはないが大切にしまうべきキュンとする思い出だ。
 しかし、その後の公立高校受験は見事に落っこちた。「不合格」を背負って歩く帰路は、出来れば「消えてしまい」気持ちそのものだった。そうそう「一人沈んでいたい」、それだ。いったいどんな顔して家に入ろうか。そのあとも、綿々と失敗と挫折の多い人生を送ることになるが、あれは最初の「不合格」だったのだ。
 
 「あかんかったわ」。うんうん、一人でその気持ちをぎゅっとかみしめているんだよね。バスの席、私が替わってあげてもいいよ。折しもi-podのイヤホンから流れるは「いきものがかり」のバラード。君たちにぴったりの青春ソングだ。4,5年前の自分なら「受験“なんて”一つの通過点だからね!」と言ってどんと背中を叩いて励まそうと思っただろう。今は違うな。「そうかぁ・・・・うん」と言って、でも、出来るだけ暗い顔なんてしないで黙って隣に座っているだろう。人は折々で落ち込むように作られているんだなぁ。

 幸福をどんな時に感じるかと言えば、絶好調の時ではない。何だか崖っぷちの狭間だ。「まだ、生きてていいかな」「人生捨てたものではないんじゃないかな」

 春には、彼らの心と私の心にそっと爽やかな風が吹きますように。

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