風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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われを語るひと。 :: 2012/07/28(Sat)

 仕事の関係で、どうしても出席しなければならないある懇親会があった。とりあえずは、ニコニコしていれば良いのだけれど、休日をつぶし、知らない年長者ばかりの会に出向くのは、さすがに気が重かった。
 
 その会では、より年長者の方々から順番に何人かが続けてスピーチをされた。ある意味で、色々と気づけたことがあるので書きとめておこうと思う。
 
 まず、よく言われるけれど、スピーチは短いほど良い。講演会やその人だけが主役の場などでない限り、話す時間は5分、多くても10分程度が適当に思う。他者を一方的に黙らせておくのは、人権的にも15分が限界だそうだ。
 自分を語るときに、自分や身内の自慢話は、どんなに沢山あっても一つまで。間違っても、人生の分岐点における折々の自慢ポイントをメモして来るべきではない。本当に立派な人であれば、人がそのひとを語ってくれると思う。
 
 その場を作ってくれた人たちへの感謝を忘れないこと。周りの人たちへのねぎらいや励ましの言葉を思いやり深く、仰々しくなく伝えられると、とても場がよい感じに。皆、いつだって自分のことを認めてほしいと思っているのだから。
 短いスピーチのなかで、人々の印象に残すポイントは、たった一つでよいと思う。その年齢の等身大で感じている最近の日常的感動を一つ。でなければ、皆が笑える話を一つ。

 ユーモラスで誰にでもわかる話で、それでも知性と品を感じる、そんなお話の仕方が素敵だと思う。
 歳を重ねるごとに「昔バナシ」はどんどん増える。その昔話が貴重で面白いことも、もちろんあると思う。それでも、人生の先輩と呼ばれる人たちには、敢えて潔く「今」をみずみずしく生きている証を、端的に刻んで欲しい。あんな人になりたいと思わせてくれる人に出逢いたい。
 
 お着物を爽やかに綺麗に着こなしていらした年配の方がいた。
 素直に「とてもきれいなお着物をお召しで」と伝えたら、「・・あら、そう?綺麗でしょ、着物がね(笑)」と返されてしまった。「あ、いえいえ!お着物をお召しの姿がとてもお綺麗で」と言い直しつつ、ちょっと気まずい気分に。自分は、誰かに身につけているものを褒められたらシンプルに「ありがと!」と言おうと思った。

あじさい けれども、そうやって声をかけたのをきっかけに、堰を切ったように周りにいた方々が話しかけて来てくださった。
 最初、微妙なよそよそしさを感じていたが、どうも私の第一印象が、あまりにも世代が違う異星人のように感じられていた模様。理由がわかり、誤解を解くべく、どんどん喋ってお話を聞き出し、沢山笑って頂いた。
 帰り際、「あなたってば(笑)おみそれしたわ(な、なにがでしょうか?)今日は楽しかった~」とお着物の方が言ってくださって、ようやくこの会に出席した意義を感じたのだった。

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似合う色と、裾ロールアップ。 :: 2012/07/25(Wed)

 「パーソナルカラー」というものを、ご存知だろうか。

 簡単に言うとパーソナルカラーとは、持って生まれた肌色、髪の色、瞳の色などを総合的に判断して、もっともその人を明るく輝かせるカラー群のことだそうだ。肌がブルーベースかイエローベースかによって夏冬と春秋の4群に一般的に分け紹介されている。学生の頃からこの自己診断とやらを何度やってみたことだろう。
 
 しかし、何度やっても、私は幾つかの四季をまたいで判定されるので、いつからか「そのとき着たい色で似合っていたら着ちゃおう!」と気にしなくなった。それでも朱色やオレンジは避けて通るカラーではあった。

やり直してもらう この半年くらいの間に、行きつけの美容院にとても若いパーソナルカラーアナリストが居てくれるようになった。私を一目見て、きっぱりと「冬タイプですね。しかも、純白が似合う珍しいタイプです」と告げた。
 疑り深い私はうそー、それって本当かなぁ??冬タイプに似合うらしいプラチナやシルバーをつけると何だか寂しいから、ゴールドのほうが好きだし似合う気がするのにさ、などと思って、数ヶ月後、季節を超えて次の機会にまた尋ねた。「冬タイプって本当?」「え?・・・どうしてですか。間違いないですよ」と断言された。

 冬カラーパレットは割とずっしりと重さを感じさせる硬質な色が多い。イメージキーワードは「都会的」「洗練」「華やか」「光沢」「ビビッド」「クール」などなど、である。何だか複雑な心境だ。決して嫌いではなかった、素朴な”らくだ色”したセーターなどはもっとも似合わない、らしい。アイボリーやアースカラーが大好きだったのに。冬に愛用していたベージュっぽい色のベレーを見て「ぼんやりした色は似合わないんですよ」と言われてしまった。
 顔周りには真っ白や華やかな色を合わせたほうが好ましいというのが「理論上の話」らしい。この間の冬、真っ白のベレーを試しに購入してみた。そのときのSatoさんの反応は「うん、似合う。でも、顔が真っ白に見える」というものだった。

 夏。白いシャツは定番である。週に2度以上は着ている。ただし、それらが皆「純白」に近い訳ではなく、微妙に黄みがかっていたりする。また、身頃がたっぷりのベージュ色に近い絹のワンピースを、そのフォルムに惹かれてバーゲン前に買った。でも、ベージュって自分には案外、難しいカラーだったことを知る。

 悩ましい。

 バギー2  夏本番。もう何年も検討して結局挑戦しないまま終わりそうだけれど、ボーイフレンドデニムやサルエルパンツを折り返しての足首ちらみせ。このファッションもかなりの層に大衆化したと見える。
 
 学生ばかりではなく、30代、40代くらいの女性教職員たちにも、半端丈のクロップトパンツはよく履かれている。女子の学生はショートパンツ派とデニムのロールアップ派に二分している。注目すべきは、男子たちも7割くらいは、とにかく「裾をロールアップ」なのだ。
 さらには、お洒落なんぞに関心がなさそうな若い男性教員の皆さんも、今日はショートパンツに裾短めパンツやロールアップ姿をあちこちでお見かけ。急にカジュアルダウンして、そのまま海にも行けそうな隙だらけな印象が微笑ましくて、すれ違いざまにふふっと微笑んでしまった。夏だな。

 だいぶあれこれ悩んけれど、当面、自分はこれまで同様バギー派かな。田舎町で色々なタイプのパンツを試着のチャンスがないし。
 本当言えば、サルエル風デニムなんかを、抜け感のある、ゆるーい雰囲気で履きこなせたらいいな。
 
 この年齢のお洒落はなかなか難しいけれど。
 でも、いつまでも楽しみたい。


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父とアイスと、母と私。 :: 2012/07/16(Mon)

 迎えに出たつもりが一足遅く、両親があちらから歩いて来るのが見えた。
 
 ちょっと背中を丸めて、母の日傘の中に入れて貰い、父は片手にコンビニの袋をさげていた。
 「ほらっ、お土産だぞ」。
 袋のなかにはハーゲンダッツなどのアイスクリームが沢山入っていた。我が家に着く前に「アイスが食べたい」と言い出したそうだ。何時、どこに居ても「何が食べたい」かを、もの凄くはっきりと表明できる父である。
 
 近頃は、外に出てゆく仕事も徐々に減って来た父が、私との定例勉強会を提案したのは、もう昨年にさかのぼると思う。「そうだね、やろうやろう!」と言っておきながら、目前の仕事ばかりに追われて、なかなか実現せず。
 業を煮やした父が、「お父さんがそっちに行ってもいいんだぞ」と言い出したのはこの夏のはじまりだったか。
 「もう暇だからな、いつだーーって行ってあげられるぞ」と豪語した割には、先月は父が悪びれずに「仕事が入っちゃった。何時ならいい?」と言ってきた。
 
 かくして、父は満を持してやって来た訳だ。あれやこれやの心配を軽減するためと、どうせなら母も一緒のほうが楽しいし。ついでを言えば、久々におかずストックづくりなんかもお願いしたい。いい歳してアレですが・・いかがでしょうと打診すると、「いいよー」と明るい返事が返ってきた。
 
 私の父が、宣言した時間どおりにやってきたら、きっと槍が降る。案の上、11時には「まだ熟睡中~」と母からメールが入るので気長に部屋を片づけて待つ。予定より1時間程度の遅れだったのは母のお陰だ。
 「ひとまずは腹ごしらえをしましょう!」と、いそいそ私が買いに出たケーキに紅茶でティータイム。父だけは、どうしても食べたかったアイスを食す。
 
 あとは母は食事づくりをしてくれているその間、行き詰まることなく食事タイムも挟みつつ、「本日予定」の勉強会を滞りなく終了する。2人が来てくれたお陰で部屋もこぎれいになったし、母の手作りおかずで冷蔵庫は久しぶりにいっぱいになるし、さらに母が「どうせだから」とあちこちふき掃除もしてくれたお陰で我が家は今、クリーンで健康的で、明るい空気が漂っている。ありがたい。人間が共同体を成して暮らす意味を実感しながら、一人になってからもせっせと残りの家事を片づけた。

 「一日を殆ど無駄にしなかった」といううれしさと、両親への感謝に満ちた連休最終日。


summer2012-6 帰り際、「おとーさん、ほら、お手洗いに行っておいて!」「あっ、こんな所にアイスクリームこぼしてるじゃない!もーっ」と母が叱り、しかし、父は全く意に介さないマイペースぶりは健在である。この夫婦漫才(当人たちは至って真面目)があれば、我が家族は我が家族たり得る。
 
 お願いだから、ずっと元気でいて欲しい。
 こんなに切に願うようになる時が、やはり来ちゃったんだなぁ。


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ひとこと申し上げまする。 :: 2012/07/05(Thu)

 九時過ぎに仕事を切り上げて、学内のバス停に向かった。3つ並んでいるなかの手前二つには男子学生がそれぞれが座り、お喋りに興じている。その奥のベンチには、停車したバスの前で運転手が座っており、たいそう伸びやかに煙草を吹かしていた。発車時刻までの時間をつぶしているのだろう。
 
 学内で煙草が吸える箇所は決められている。バス停は明らかに禁煙の筈だし、学生や教職員が吸っている姿も見たことがない。時折、地面に吸い殻を見かけるのはなぜだろうと思っていた。

 できるだけ距離を持って座り、男を遠くから凝視した。ケータイを片手でいじりながら、深々と煙を吸い込むとぱーっと白いものを思い切りはき出す。闇夜に白い煙が一層、際だって害的に感じられた。
 注意しようか、どうしようか。という気持ちが沸いてくる。彼は、その場所が煙草を吸うのに相応しくないことを知らないでいるのか、あるいは確信犯なのか。
 
 見たところ40代から50代くらいの男性だろうか。願わくは、この強い疑惑の視線を感じ取って煙草をやめてはくれないかと祈った。彼はちらりと私に目をやった。明らかに見つめられている様子を察したようだ。さぁ、どうするだろう。嫌だな、きっとあの右手の指に挟まれている吸い殻を、男はベンチの下に捨てるに違いない。
 
 でも、万が一、彼が吸い殻を捨てずに、自分専用の灰皿にしまってくれたら黙っていようと思った。彼は、もう一度、ちらっと私を見ると、吸い殻を右手に持ったまま立ち上がって、バスの運転席に戻ろうとした・・・あ、もしかするとバスに灰皿を持っているのかな。だが、ステップに右足を置いたその瞬間、彼が、とてもさりげなく右手から吸い殻をぽとりと落とすのを見てしまった。
 
 気づいたらもう走り出していた。「運転手さん!恐れ入ります。私は、この大学の教員です。今、こちらに吸い殻を落とされましたね?」
 フォーマルで中庸な声で、そう言うと、吸い殻を指さした。そのときの私は赤い長靴を履き、淡いピンク色のベレー帽を被っていて、まったく権威性のかけらもない格好だったが、例え相手がどのような態度を取っても、非を指摘する気持ちは覆すつもりはなかった。
 
 彼は、「あ、すみません!」と言って頭を下げ、なぜか、奇妙な笑顔を作ってステップを降りてくると、あっという間に吸い殻を拾ってゴミ箱に捨てに走った。その顔つきは、まるで学生くらいに幼く見えた。あ、バレたか、と思ったのだろうか。
 後ろ姿が見えたが、黒いズボンから白いシャツが半分くらいはみだしていた。そんな彼にもう一声、「こちらは禁煙ですよ。ご協力を願います」と言った。そのとき、両足をそろえた剣道式礼をキメてからその目を真っ直ぐに見た。彼はさらに笑顔のまま、何度も頭をさげてバスに戻った。
 
 ベンチに戻ってバッグからお茶を取り出してぐびりと飲んだ。ふっと隣を見ると、一連の出来事を目の当たりにした男子学生達があっけに取られてこっちを見ていた。「ごめんね、びっくりした?」と声をかけたら「あ、いや、ちょっとだけ・・・」。「吸わないでね、ここでは。ね?」と出来るだけ優しく言うと、両手をぶんぶん振って「ボク、吸わないっすよ!!煙草自体、吸いません!」と否定した。

 あの運転手が犯した一瞬のマナー違反としての罪の重さと、この不完全な日々、私が積み上げている罪の重さを比較すれば、もしかすると私のほうが重い可能性だってある。ふと、自問した。不完全な人間が、勤労青年の些末な罪を指摘して戒めるのはどうなのだ?
 しかし、私には彼自身を貶めたいような気持ちは微塵もなかったのだ。
 
誕生日にお花を貰った。 このまちに暮らし始めた頃、信じがたいことに吸わない人の権利は全くなかった。そんな「時代」と、抑圧を受けているのに「言い出せなかった」自分の若き時代を十分過ぎるほどに超えて大人になり(おばちゃんになり)やっとアサーティブに意見を主張できることを、はっきりと知りたかっただけだ。
 
 横暴な態度を取らなかったシャツをイン出来ていない運転手氏には少し感謝している。


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