風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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底なしの。 :: 2012/09/26(Wed)

 好きな人であろうと、嫌いな人であろうと、自分の隣にいる人にどう思われたいでしょう。
 「君のことは、全ては理解できない。でも、共に生きていけるとは思う」
 「君のことは、とてもよく理解できる。でも、共に生きてはいけないと思う」
 

 one for 夏休み中に帰国していた留学生たちは皆、ちゃんと大学に戻って来るだろうか。ふと、そう思った矢先、ある留学生から突然ケータイに電話。「さっき無事に空港に戻ってきました。メール読みました。月末からのゼミに出席します」。明るく屈託ない様子に少し安堵する。夏休み中も頻繁に研究室用メーリングリストに投稿をしたけれど読んでいた模様。
 
 不登校気味の「君」。「ぼくが思うに、○○について調べたりするのは、自分がそういった存在であることを承認してほしいからだと思います」。うんうん、あなたが気づく前から100%近くそれは「理解」してサポートしてきたつもり。でも、まだ「認める」が足りないの?
 
 私たち人類が頑張って行き着ける先は、「共存するために理解しあう努力は惜しまない」までかも。
 しかも、「すべては分かり合えないかもしれない」の前提を覚悟して。

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つぶやき、にもならぬ。 :: 2012/09/24(Mon)

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 ゆうべ深夜に、NHKで西野カナのLiveを何気なく観る。若い世代向けのアイドル風アーチストと思っていたけれど、案外広い世代に人気の模様。先日、別の音楽番組で、「ライブで走ったり飛んだりしても全く声がブレない理由」を「お客さんに目一杯楽しんで貰うために。普段、歌いながらジョギングをしている」と話していたことに好感を持つ。アスリート的志向を認めているところに。
 ファルセットやフェイクを多用する今風な歌唱法。でも、ビブラート感のなさ、緊張感のあるデジタル的・高音域な声。関西弁のキメないMCに比して、歌ったときにはきっぱりと発音される日本語のバランスがよい。
 甘め最新のトレンド・ファッションを伴ってとくに同世代女子に絶妙にウケそうな「うまい」路線と思う。

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 この春、卒業をいとも簡単に先延ばしにした留年生。以後も、ここぞと言うときに不登校気味。
 この夏休み、「生きづらい」を自称するさまざまな人たちのブログ記事に片端から目を通した。鬱や統合失調症・境界性人格障害・リスカにOD、摂食障害。殆どの「しんどい」青年たちはこれら全部を一度に抱え持っていることも珍しくないようだった。背景要因に親子関係を認める人々も多い。そこから脱出しようとしながら行動はちぐはぐ。
 何が支えになるのだろう。ただ、多くの人の記事に綴られた「認めてほしい」という言葉だけがくっきり心に残る。
 それにしても、厄介なall or nothing 的思考は、自分にも十分当てはまる。そんなことを思いながら、今夜も彼に「あした何も持ってこなくてもいいから、とにかく顔だけ出して」と連絡した。

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 大好きだと自覚した玄米でひじきご飯。なんちゃってお弁当ライフを細々継続中。きのう、珍しいことに梨を買った。少しずつでも多品目、いろいろ美味しく食べる、を目指す。 実家で数日過すとき、母に作ってもらうご飯が美味しいので、いつもより沢山食べる(気がする)。食事を楽しみに帰省すると行っても過言でない。でも、自宅に戻ると通常スペックから減じられている。ただの偶然ではないようだ。この夏のひととき、BMIが限りなく15に近づきヘルスメーターの数字を疑った。思い当たることは、食べる以上に「(消耗するほどまで)話している」こと。それは父との言い合いやケンカも含む。無関心だと人って喧嘩なんかしないし。食卓付近のそこかしこにある人の気配、面倒くささも含む愛情が、いつの間にかお腹を満たしているのかもしれない。

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 最低気温が20度。夜の秋風が気持ちがよい。小田さんが先日、65歳になった。嘘みたい。この夏もステージの端から端まで走り抜けて共演した若手アーチストの度肝を抜いたらしい。昨年観たステージでの、華奢だけどすくっとした背中を思い出した。さぁ、今夜も腹筋をしよう。どうせならうっすらと割れたりしないかな、お腹。 

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紅を引く。 :: 2012/09/15(Sat)

 久しぶりにこっくりとしたボルドー色の口紅を買った。普段は、濃いめのピンク、レッドに近いローズの2本が定番だ。そして、ファッションに少しのモード感も採り入れてみたくなったこの頃、私が最初に買ったのは口紅だった。
  
 ところで私には古い親友に、化粧品会社に勤めている女性がいる。シーズンごとに次々と新商品が出て来るので手持ちの試供品は常に「山のよう」らしい。でも、彼女は若い頃からずっと変わらず、赤でもなくピンクでもなく大人っぽいボルドーの口紅を使っている。筆を使って、とても丁寧に塗るのだ。「うーんと、ぽってりと仕上げるのが好きなの」といつも言っていた。
 
 ところが、食事をする前だけは、彼女は口元の紅をすべて綺麗に拭き取ってしまう。あたかもそれが食事前の神聖な儀式のように。「少しでも味が変わるのは嫌だからね」と言って。そうして、彼女は実際、とても沢山食べることが出来た。それこそ私の何倍も、綺麗に一つも残さずに。
 性格は、はっきりとしていて譲らずに自らを主張できる男前な人だ。でも、必ずそうした人だからこそ際だつ壊れそうな繊細さにも私は惹かれる。そう、すごくドラマチックな人だと思う。
 
 彼女は自分と私の性格の違いを昔々こんな風に語った。「ここに乗り越えられそうにもない大きな壁があるとするじゃない?私はたぶん、でっかい大砲か何か持ってきて、ぶっ壊そうと企てるのよ。めーちゃんは、壁づたいに一歩ずつ歩きながら、何処かに小さな穴や突破口はないかと地道に探す感じ。でもさ、諦めないところは同じかな。」
 まだ大学院生だった頃の私は、一つ年上の彼女にそんな風に見えていたらしい。

 彼女の人生も語り口調も、いつも熱情に満ちていた。会えば、私はお腹がよじれるくらいに笑って死にそうになるか、あるいは彼女の苦悩に共感しようとして前のめりになりすぎるために体は微熱を帯び、鼓動が早まり、最後は目眩さえしてくるのが常なのだ。

time goes by 食事を終えた私たちは、たいてい化粧室に入る。
 最近は「鏡」はエネルギーがあるときか、エネルギーを生み出すときしか対峙できない。だから、私は彼女と散々話したあとはたいていちらりと鏡をみて「あらまぁ、ボロボロ」と苦笑して根本的なメイク直しからは手を引くのだ。あとは真剣に鏡を見つめて丁寧に丁寧に唇を描く彼女の作業を見つめる。私の視線には構わない。これも彼女の儀式だから。
  
 彼女に限らないと思う。
 女性が真剣に紅を引くとき、ほとんど戦闘的でさえあって男性的でもある。

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しあわせしごと。 :: 2012/09/08(Sat)

 先日、自宅前にタクシーを呼んだ。さして待つことなく目前でスマートに停車した車から顔を出した運転手の仕事ぶりが記憶からずっと離れない。
 彼は温厚そうな笑顔を向けて「お待たせ致しました」と言った。私が手にしていたキャリーバッグを見つけると「トランクに積みましょうか?」と声をかけてきた。「あ、はい。お願いします」
 
 すみやかな身のこなしで車から下りてくると、両手で大切そうに荷物を持ち上げた。トランクを開くと「こちらに、この向きで置かせて頂きますね」と私にわざわざ声をかけ、そっと置いたのだ。トランク内は見事に何も置いておらず、きわめて整然としていた。その時点で「このひと、何だか違う」と感じていた。

 後ろ座席に乗り込む。なぜかいつもより座席が広々して感じられる。何故だろうか?いつもの小型タクシーの空間面積が変わる筈もないのに乗り心地が明らかに違う。隅々まで掃除が行き届いているクリーンな空間だったからか。呼吸がしやすいと言えばいいのか。
 駅までと伝えて間もなく「冷房は寒すぎませんか?少々おおきな音がして申し訳ないですね」と運転手が笑顔のまま詫びた。私は車の心地が良い理由について考えこんでいたし、エアコンの音は全く気になっていなかったが、タクシー利用者には、からだや心が弱っている人も多いと思う。一番の弱者を気遣う接客は普遍性を持つのだろう。
 
 駅には10分もかからずに到着する。身体に一切の衝撃を与えず静かに停車。こちらがお札を置いた瞬間に、機敏な身のこなしできちんと揃えた100円玉を4枚、手に平にそっと置いてくれた。「左手で失礼します」と言われるまで、彼が左右どちらの手をさし出したのは気づかなかった。
 彼はお客のためにドアを開けると、すぐさま運転席から出てトランクのほうに小走りで向かった。こちらが財布をショルダーバッグに仕舞い、肩にかけ直し終わるや否や、また赤ん坊のように愛おしげに抱えられたキャリーバッグが手渡された。荷物の底は片手で支え、持ち手は私の右手近くに差し出された。
 
 「ありがとうございました」。
 このドライバー氏の接客の「究め方」にほとんど感嘆の念を抱きながら、当然ながらお礼にも心を込めずにはいられない。車内の清掃や最大限の気遣いに配慮。そのなかでも、とくにお客にとって最も居心地がよい「リズム感」。それを養うべく日頃から相当の研究をしていないと、あんな風ではいられないと思う。
 会ってから1分で感じられるお客の呼吸やリズム感を、感性をとぎすませて見極める。だから、きっと無駄な動きがない。何より一番素敵だと思ったことは、無駄はなくても「急かされる」感じも一切ない。寄り添いましょう、あなたの歩幅に。まるで優秀な支援者のよう。

 甲斐甲斐しく、工夫をこらして丁寧に自分の仕事をしているひとは、とても幸福そう。 

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