風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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お直し。 :: 2012/10/29(Mon)

 大学入学式に向けて、母と一緒に見立てた紺色のスーツが大好きだった。
 4年間、ほんとうによく着たものだ。
 トロンとした軽いウールで、ボトムスはスカートのように見える膝上のキュロットパンツタイプ。
 ジャケットはノーカラーで、当時は新しいインパクトを与えたウエストをきゅっとリボンで結ぶタイプだった。きりりとしたモードさに甘めのデザインが混じっている感じが当時から好きだったのだろう。
 ちなみにその頃は、あまり小さなサイズ展開がなく、ウエストを10センチ近く詰めてお直しをして貰った記憶がある。でも、そのお陰で、大学の4年間ずっと愛したスーツになったのだ。

 近年、スーツを殆ど着なくなったのは、幾つか理由はあると思う。
 結局のところはジャストサイズかつ多様なデザインで選択できる環境にないから、だと思う。
 大阪まで出てしまえばサイズ展開も豊富なお店があるけれど、わざわざ買い物には行かない。出向くのもこの頃ではお正月のバーゲンか出張のときくらいだ。
 
 大阪駅が完全に改装を終えたあとは、ちょっと経由するだけでまだよく観ていなかった。
 先日、同窓生2人と大阪駅で食事をすることに。私がお店を決めて案内する筈だったのに、帰る頃にはアメリカからお里帰りをしていた友人がすっかり大阪駅観光?を終えたあとらしく、「めぐちゃーん、JRには、どこからでも戻れるからね!迷わずに帰ってね~」とひょこひょこ看板を見上げていた私を道案内してくれたくらいだ。もはや、あのあたりは予習なしでは全然分らなくなっている。やれやれ。

 写真のワンピースは、昨年の赤いレインブーツに合わせた写真と、今年のヒール靴に合わせた写真を並べてみた。さて、どこが違うでしょうか。

before このワンピは、昨年の秋、大阪駅が改装に目処をつけだいぶ明るくなってきた頃、とあるショッピングモールのブティックで見つけた一着だ。普段入ったこともないようなお店だった。はっきり言って買い物をする気分満々だった。華やかなチェック柄ばかり置いていた独特の雰囲気の店で、ショートヘアのきっぱり個性的な店員さんがSサイズを差し出してくれた。腰回りに沢山のギャザーが入っており、ふわっと見える割に、すごく小さく作られているらしかった。着てみると「どこもお直し要りませんね」と思うくらいにぴったりサイズだった。
 昨年はヨコハマでの学会に着て行った。その後、思うところあって裾丈をもう少し長めに履きたいと思った。
 でも、中にペチコートを重ね着すると、そもそも、たっぷりギャザーが入っているため、さらにお腹周りがももこもこしすぎてて居心地が悪い。


 after そこで、ジュニアから20代が着るようなカジュアル服をそろえた超リーズナブルな店で、裾がフリルになった紺色の短いスカートを購入。リフォームショップに持参して「この裾部分をワンピの裏地に縫い合わせて、丈を長くしてください」とお願いする。見た目はペチコートを重ねているように見えるはず。
 店員のおばさんは「んまーーーっ、可愛いワンピースが一層可愛くなるわねっ!」と、とても乗り気だった。
 このくらいの丈にしてからのほうが足下の靴を選ばなくなった。少し落ち感も加わり、以前よりほんのちょっと大人っぽく再生した、と自分では大満足だ。「一番、心地よくなるまで工夫する」って良いなと感じた経験だ。 
 お気に入りをもっと愛せるようになるのは、色々工夫次第だな。
 きっと何事も。

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3つの日課。 :: 2012/10/26(Fri)

 留学生の女子も交えて学生たちと、ワカモノにとって「しあわせ」の決め手になるものとは何だろうか?という話をしていたら、「好きなひとがいること」「二度寝できること」「課題がありすぎず、なさすぎず・・適度に忙しいこと」なんて微笑ましい発言のなかで、「自分の人生をコントロールできている感覚」と留学生。自分が二十歳前後の頃にそんなことは絶対思えなかったな、と思いながら、今頃は深く共感。


 最近、断続的だけれど続けている3つの日課

 1.朝活:8時半から仕事開始
 2.お弁当ライフ:お昼ご飯で、ときめきスイッチオン
 3.夜の柔軟と腹筋:小田さんの足下くらいには及びたい。
 

 これら三つを自分なりに整えている日常があれば、たとえ<絶不調期>が訪れても乗り越えられるのではないかと思っている。すこし大げさだけれど、それが自身の人生のコントロール感を得ている感触なのかと。

そうやってポーズ取ってて。 わたしは周囲の「人」とのかかわりや紐帯、人と人が繋がってゆく感覚にとっても大きな喜びを見いだすことができる。でも、その反対を言えば、それらが欠損しかけるとネガティブな感情も感知しやすいということだろう。
 だから、他者に影響されることなく淡々とこなしていく自分との約束や、ほんのささやかな日課を早く持つべきだった。今更だけれど「これさえ、こなせていれば」まずは及第点はあげようという基準になるようなものを。 
 「朝活」あれほど学校に出て来られなかった学生が、一度もさぼらずに朝活をして、激変中。自分にも何か素晴らしいことが訪れているのかもしれないぞ、と勝手な期待しつつ、私は「淡々」を継続中。


◇お弁当ライフで変わったと思うあれこれ(妄想的期待を含む)
 1. キッチンをいつも綺麗にしておくようになった。キッチンツールへの関心度アップ。
 2.コンビニに立ち寄っても、ジャンクフードをあまり買わなくなった。
 3.ランチタイムに「おいしく頂きました~」のときめきスイッチが入るように。
 
 4.夜のお弁当ストックづくりは、思いがけず楽しい気分転換になっている。
 5.(なぜか)決めたことは、決めたとおりに実行したくなってきた。
 6.家事全般が億劫でなくなってきた。
 
 7.夜型生活時代、たまにやってはお腹を壊した夜のストレス過食とは決別。
 8.身体の軽量化がさらにすすむ。が、持久力は落ちずに足取りは軽い。
 
 9.(淡い期待をこめて)肌が綺麗になる
10.(過剰な期待をこめて)頭もよくなる・・・のは無理としても(笑)仕事が以前より出来るようになる。

 とりあえず10個、並べてみたかったのだった。

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雨上がる。 :: 2012/10/23(Tue)

 午後の間じゅう、学生たちとゼミ討論の最中。

 ざざざ・・・・ざぶざぶと音を立てて降り続けていた雨。

 ある学生が「こんなに降ったら、帰りはびしょ濡れ」と言わないばかりに恨めしそうに窓の外を見上げたとき、
 「きっと、雨上がるよ。青空がそのうち見えるから」と、何故か根拠もなく言ってしまった。

 それから、しばらくして議論も白熱している頃、

 「あっ」と小さく声が聞こえて、それが小さくても、あまりに存在感があったので、
 その声の主が見つめる目線を、つい皆で追った。

 窓の外の雨が降り止んでうっすらとした青空が。
 そして、山と山の狭間に

 『虹が、かかってるーーーっ!』


 一瞬、話をやめて、浅い色の虹をこの目に焼き付けようと、
 そこにいた12名全員でじっと窓の外を見つめた。

 こんな瞬間を、全員で共有できたなんて。

 それだけでも、わいわいと集まった甲斐がある。


 雨あがりの空を見ていた。

 

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朝活とお弁当ライフ :: 2012/10/21(Sun)

 ここ最近の新プロジェクトその2。
 
 夏まで不登校気味だった学生と共に「朝活」。
 私は何度も面談をしている間、「こうして時間をかけて取り組む営みは彼の支えだけではなく、本来は自分を勇気づけるものでありたい」と願った。

自転車に乗ってどこまでもゆこう。 週に三日ね、という約束だったけれど、私自身は自分の習慣化のためにほぼ毎日継続中。6時に起きてまず温かい飲み物から初めて簡単な朝食、お弁当を用意。出勤し、8時半から仕事をはじめる。一日の講義はじまりは9時過ぎからなので、1時限目からはじまる講義にも余裕がある。講義がない日はその頃に学生に声をかけ少し卒論の助言をし、余裕があればまた1時限目が終わる頃に話を聞く。
 そのくらい別にふつうでしょ?と当然のようにこなしている職業人も主婦の方も大勢いるだろうが、もうずーーっと超・夜型だった私には時折、朝型ライフスタイルの変更に向けて努力はしてきたものの、なかなか完全には定着せず。いま、ようやく劇的な変化を迎えている。

 誰かに約束をしなさい。
 そう彼に私が言ったので、私も頑張るのだった。

 ちなみに「なんちゃってお弁当ライフ」も朝活のセットになった。自分のためにヘルシーな食事を用意して、お昼にお弁当のふたを開けるとき、ささやかに私のときめきスイッチはオンになる。
 
 日を改めて楽しく書きたいが、先日、お弁当の定番、ひじきの煮物をおかずストック用に作る。
 ふっくら上手に美味しくできたのはよいが、水につけて戻す際、どさーーっと入れ過ぎてしまったと思った。ま、何とかなるさと思いつつ15分後、そのあり得ない膨張ぶりに茫然自失の私なのだった。

 2週間前まで「明日の朝、会おう!」と気遣ってメールしてもスルーしていた学生。実際に行動に起こせるようになってから絶好調の様子。これは特筆に値するけれど、同時にとても「謙虚」になってきた。
 今夜は「明日も朝活、がんばろ!」とメールすると「はい!」と一分もかからず返信がきた。よしよし。

 

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風は明日へ吹いてく。 :: 2012/10/14(Sun)

 小田さんが母校の早稲田グリーのために書き下ろした「この道を行く」という合唱曲がある。
 私自身が、学生時代にコーラス部だったこともあって、「小田さんが先輩だからって羨ましすぎるぞ!早稲田グリー」と羨んでいた。
 でも、正直言うと彼らの合唱として曲を聞いたときよりも、小田さんがファン向けに毎年出しているDVDの最後に「事務所のスタジオでキーボード弾いて撮りました」的な歌い方が、ライブとは違ってとても内省的につぶやくようで、ひしひしと哀愁を感じ、じーんと来たものだ。隠れた名曲と言って良いと思う。

 木漏れ日が時を刻んでいる 光と陰とを時計の針にして・・・

 という出だしからはじまるが、これをテレビで聞いていた父が私に、「いい歌詞だな。この(時の流れ方)の気持ちって君にわかる?」と言っていたことが印象深い。
 真っ直ぐに進むんだ、険しくても我が道を、そこには風が吹いている・・・という、まさに青春の歌なのだけれど、我が道を進んできた小田さんが後ろを振り向いて、その道筋を顧みているような、そんな情景が思い浮かぶのだ。
 スレンダーに鍛えあげたしなやかな身体でそこに佇み、ポケットに手を入れて、ちょっと空を見上げる小田さの、独特の孤高とも言うべき姿が浮かぶ。すーっと風がそこには吹き抜けていて、木漏れ日がさしている。小田さんが辿った道には大勢の仲間や愛する人がいて、懐かしくて恋しくて仕方がないけれど、きっともう二度と会えない人たち。そんな人たちに、あの口元の口角だけをきゅっと上げる笑顔を送っているイメージだ。

 「この時の感じ方が君にわかる?」と父が言ったのは、もう数年前だろう。
 私にも、ほんのちょっとだけ分るよ?「今、このときは二度と来ない」ってこと。
 すべてのことが、あらゆることが。今はじまって終わっていくということ。

 それにしても「風は明日へ吹いてゆく」というシンプルな言葉にどれだけ励まされることだろう。
 小田さんの声でささやかれると、本当に風がやさしく背中を押してくれそうだ。
 
 そんな敬愛すべき小田さんは仕事では「締め切りは飛ばさない」主義と聞いたことがある。
 
 
 先週末の研究会。お目にかかった父のかつての教え子のお一人に言われた。「めぐ父に、この前、書評をお願いしたら、なんと締め切りどおりに提出してきたわよ!どないなってんの?!」

 どないいもこないも、普通じゃないですか(苦笑)
 このように締め切りを当たり前に守ると、娘に理由を問われるくらい、私の父は過去にあらゆる締め切りという締め切りをなぎ倒してきた前科がある。
 「ねーね、○○君、これ、まだ猶予があるかなぁ」「校正はいつだろうね?」と問い合わせて来る日が締め切り日過ぎであり、記憶を辿ってもただの一度もその日に原稿が届いた試しはない!と、断言されていた。
 はぁ、それでもこれまでずっと仕事で破綻することなく、途切れずに来れた訳で、あれは何だろう。天然で憎めないキャラクターもしかり(中には憎んでいる人もいるはず!)人の世話は本当に惜しまなかったということか。
 
 「でも、相変わらずおかしな時間帯にメールが来るよね?朝の3時とか」
 「ええ、そうです、そうです。朝5時頃に新聞読んでから寝ています(苦笑)ずっと、おかしな人です」
 
 いずれにせよ、立身出世をめざし懸命に努力する精神はあまり似ずに、「締め切りを守れない」点は見事に受け継いでしまった。やーれやれ。
 この記事は10分くらいで書いた。父からの電話待ち。まだかな、まだかな、おそーい。

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ゆらゆらしよう。巻き込まれよう。 :: 2012/10/04(Thu)

 今より、もっといろいろなことに積極的に、そして目標に近づく努力ができるような人になりたいな。

 と、平々凡々とした私はよく思う。
 「そう思っている」などと書いている間は、まずもって実現しないことも知っている。
 本屋で自己啓発本に手を伸ばしているうちは、何も変わらないのと同じだ。

 毎年、初詣で願うことは「目標達成!」よりは、「辛い試練も、最低でも、乗り越える努力ができる自分でありますように・・・」だ。自慢ではないが、ネガティブ思考を敷いて自己防衛をはかるタイプである。だから、似たタイプのひとを観ると、あらまぁ自分を眺めているようだ、と困ってしまう。反対に、どこまでも前向きな人には「ふつう」の精神状態であれば少々怖くて近づけない。でも、ごくごく希に「あのとき、どうして、あれほど思い切れたのだろう?」と後から思うときがある。

 『成長を伴う変化とは、嵐に巻き込まれたあとの状態を言う』

 今よりずっと”下っ端”だった頃、かつての同僚が多々の雑務や「はっきり言って何だか分らんぞ??」ということを、それでもやらねばいけない状況になったときに、「後から思えば、だいたいは、巻き込まれるような感じで成長してきた」と発言した。これに、たいそう感銘を受けたのだった。

 ラブ・ストーリーは突然に。人生を大きく変えるような物語も、自分だけで作り上げるのではなくて、嵐のように突然巻き込まれてゆくものかもしれない(よ?)。

 おまけ。
 「・・・という話を聞いて感動をしまして」と、嵐の格言を述べた当人に数年も経った頃に伝えたところ、
 「へー!それ、誰が言ったの??」と覚えてもいなかった。
 巻き込まれて成長していった人は、留まっていないということか。

 
 ゆ~らゆらと水草のように漂い、揺れている今の状態も、悪くなくて好き。
 すごい嵐に次に巻き込まれたくなるまで、「好き」だと、あちらこちらで思いながら生きよう。
 

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後半戦はじめ。 :: 2012/10/01(Mon)

 長い夏休みを経て、学生たちが大学に戻ってきた。
 と言っても、研究室の学生たちとは、何かと休み中も顔を合わせていたけれど。
 2ヶ月もの休みがあるなんて、どれだけ長すぎるバケーションなんだ。と思うが、集中講義に出たり、多くは免許取得のための実習に赴いたり、就職活動があったり、ボランティアが用意されていたりと、今時の学生は暇をもてあますことはなし。そのせいか夏が終わると、学生がほんのちょっとだけ大人になっている気がする。

 9月には、教育実習生の奮闘ぶりも見に行った。
 ほとんど叶ったことはないけれど、教室の後ろで授業の様子を観せてもらうときは、出来るならば、ちょこっと児童生徒諸君にご挨拶の一つもしたいと願っている。あの人だれ?とひそひそ話が生じたり、ちらちらと後ろを振り返る生徒に曖昧な笑顔を返すよりは「今日は、後ろで見学させてもらいますね。どうぞよろしく。皆さんはどうぞ気にしないで、いつもどおり授業を受けてね。」。一言でいいので訪問趣旨と自分の立場を伝えておかないと居心地が悪い。そう感じるのは自分だけだろうか。

 夏休み明け、学生の一人から実習期間中のあれやこれやの報告を受けた。
 私が教室から去った後、子どもたちから「なぁ、なぁ。あのひと、誰?」という質問を受けた、と。
 
 学生:「試しに、あのひと、私のおねーちゃんやで、って言ってみたんですよ(笑)

      そしたら、マジで信じてしまって、”あー、そういえばちょっと似てたかもーっ!”
      って、全然疑う余地なし!(笑)」

 
 よほど、可笑しかったのか思い出し笑いが止まらない模様。
 たいそう楽しそうじゃないか。
 全くもって「あれやこれや」の報告である。

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