風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告

モノ語り。 :: 2011/09/20(Tue)

 私の持ち主は「はぁ」とため息をつきながら、目前で閉まった列車のドア前で、いらだちに半ば悲しみの混じったため息をついた。この人は・・・いつもそう。彼女は、どうしても何事も早めに手につけられない病気なのだ。彼女が母親に「お昼ご飯には間に合うように行くから」と確かに言ったのを、私はまだ彼女の通勤バッグのなかで聞いていた。でも、案の定、外はもう真っ暗だ。

 台風の影響で小雨が降り、暗い窓の外には何も見えない。
 列車に乗り込んで、もう一つ大きなため息をつくと、彼女はおもむろにキャリーバックから、ノートパソコンごそごそと出してスイッチを入れた。
 私は彼女が旅には必ず持ち歩くお馴染みのショルダーバッグの中で、少しの熱気を感じながら、彼女がキーボードを弾くその音を鈍く聞いていた。私、の入ったショルダーバッグの上で、パソコン・ラヴィー氏は「悪いね、重いだろ?」と私を気遣ったが、「ヘーキよ。この子、いつもこんなだから」と私は微笑んだ。

 小一時間ほど、彼女は集中して何かを考えながら仕事をしていた様子だが、ぽそっと「はぁ。ちょっと調子出てきた」と独り言を言った。と共に、急に私の視界は一気に明るく広がった。彼女がバッグのなかから私を取り出し、私の口を開いたからだ。私がこの懐に抱かされているのは、小さなミラーが付いたおしろい、そしてリップ、あとはビューラーとアイライナーに、赤い髪留めが一つだ。
 
 彼女は、私自身を覆う見かけが、もうすっかりと薄汚れていることに全く気づいていない。私はかつて、何度か彼女の自宅で、靴下だのタイツだのタオルだのと一緒にぐるぐると洗濯機のなかで回された記憶はあるが、それが何時だったかもうおぼろげな記憶である。

 ところで、私はある洋裁好きの女性によって、いくつもの巾着袋と共に丁寧に縫い上げられてこの世に誕生した。もう何年も前に、今の私の持ち主が「私ね、沢山のきんちゃく袋が欲しいな」とリクエストしたところ大小様々な布を使ったいくつものデザインの袋が誕生日に届いたのだ。我が友たちは、今なお現役でそれぞれの役割を果たしている。とくに「旅行には大変重宝」らしい。
 
 話は戻るが、おもむろに私の口を開いた彼女は、コンパクトを取り出して鏡を覗き込むと、ちょんと睫をひとさし指の先で上向きにはじいた後、薄くリップを塗り直した。
 「・・・不景気な顔してちゃね。元気そうに見えないと」。そう彼女が考えたであろうことは、長年のつきあいで私には分かる。
 私はぞんざいに扱われているようだが、実はそうでもない。割と彼女のココロの近くにいる。私はそう思っている。おそらく私のような存在は、一般的にも、世の女子たちにとっては必要最低限ながらのエッセンスを持つ道具を揃えている大切な袋なのだ。それは「化粧ポーチ」と呼ばれる。
 恐らく私のあるじは、とても少ない道具しか持ち歩かない。しかし、彼女は時折、自宅で私を何処に置いたか分からなくなっているとき、ずいぶんと落ち着きのない冴えない顔つきをしている。たいていソファの狭間とか、タンスの上に置き忘れているだけなのだけれど、私を発見した時の彼女はとてもほっとした顔になる。ほんの少しの色味を口元に添えるだけで、ほんの何度か睫を上にあげるだけで「よしっ」という気持ちになるらしい。

 そうやって私は長年に渡って彼女の側にいた。
 しかし、お別れの時は突然やってきたのだ。

 私は彼女の母親の手によって「お洗濯」された。「見てごらんなさいよ!こんなに真っ黒よ!」という声に彼女はその手元をのぞき込むと「やだなー。ずっと気づかなかったよぉ。」と言って眉をひそめた。「お洗濯」を経た私は、前よりちょっと小綺麗にはなった。けれど、しばらく放置されていた何だか分からないシミは薄くはなったが、完全には消えることはなかった。
 
 「ね、余っている布ってない?これ、すごく気に入っていたけど・・・随分くたびれてきちゃったから」。そう言って彼女は洋裁上手な母親に甘えた声で、私にそっくりの形の袋を作って欲しいと依頼した。彼女の母は「私に作れって言ってるの?」と言いつつも、その夜、テレビの前に座ると、ちくちくと手縫いで、あっと言う間に新しい袋を作ってしまった。娘は「わぉ、超かわいい!サンキュー」などと調子よく言って受け取った。

 その瞬間である。私の身体が一瞬にして軽くなったのは。長年抱え持っていた道具の数々は、彼女の新しい相棒の袋に移されて空っぽになった。
 
 さよなら。虚弱でそそっかしくて、でも、いつも頑張り抜きたいと願っている不器用なあなた。
 
 そして、こんにちは。モノがなかなか捨てられない親切なお母さん。よくも私のことを捨てずに「もったいないから何か入れて、これ使うわ」と言ってくださいました。
 でもね、私はもう現役時代を終えた気持ち。
 
 私はリネンの、そしてある南の街に暮らす可憐な女性によってお花の刺繍が施された巾着袋。
 長く長くでこぼこ道を生きる女子に愛されたささやかな人生。結構、楽しい人生だったわ。 
 
 ★以上、ダンシャリされる巾着袋の気持ちになって書いてみました。

  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
<<回想。 | top | プラス補正。>>


comment

comment


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://megchy36.blog18.fc2.com/tb.php/1002-5242d6b2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。