風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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回想。 :: 2011/09/27(Tue)

 「まったく馬鹿な娘だ」と私は暗がりのなか、小さく呟く。「どうせ1時間もしないうちに気づいて、泣く泣く戻って来るだろうさ」と思い、息を潜めていると(たいてい私は息を潜めてはいるが)、さすがに山中にある学校だけあるものだ。夜、目利きがよくなるらしい鳥達や、昼間は一切の姿を隠している小さな動物たちの鳴き声が遠く、しかし明瞭に聞こえて来る。
 
 「おい、アンタ」とその時、近くで私を呼ぶ声がした。
 私は振り向くことは出来ない。そちらのほうに神経だけを傾ける。見えはしないが、どうやら硬質で四角く重量のあるものが、私に向かって話しかけているらしい。「何かね?」私は静かに答える。

 「アンタも、あれか。また、あの子に忘れ去れた奴だな。もう11時だぜ?ま、俺なんて週に1度はこうやってスイッチを切られることなく忘れ去れてる存在だけどな。朝まで熱くてたまらん。」
 「彼」はスイッチで動く機械で、どうやら、かなり軟派でおしゃべりな奴らしい。私は冷静に返事をする。「・・・君は、あの子とどのくらいのつきあいになるのかね」
 「おれ??そうだな、まだ2年経ってないんじゃねーの。おれの前代さんは長くてさぁ。今は、学生たちのゼミ部屋ってとこに持ってかれたよ。奴はもう・・・随分働いてるぜ。本来、潮時なんだろうけどな。まだ動くからって。」
 「そうか。私は、彼女の側で5年半ほどを過ごしている」
 「へー。結構長いんだ。彼女、ああ見えて結構、モノ持ちいいよな。別に、扱いはそんなに丁寧じゃないけどさ。で、あんたも別にブランド品とかじゃないんだろ?」
 
 私はゴホンと咳を一つする。
 
 たしかに私は有名ブランドで何万円もするような彼らとは縁も縁もなく、話したこともない。生きる世界が違う。名も無き職人にコツコツと作られて、比較的大きな雑貨店に置かれていたものだ。
 まだ、しょっちゅう学生に間違えられていた頃の今の主が、何度も私の目前を行ったり来たりしながら、ようやく私を最後に手に取ったことを覚えている。
 あれは、冬もまっただ中だった。その手は、頼りなく小さな、手袋を外してまだ間もない冷えた手だった。ただ、そのときの彼女の胸の鼓動は、ほくほくと波打ち、私にも聞こえるようだった。
 
 あのときの彼女は・・・彼女流に言えば「やっとステップアップできる」ことになったつかの間の喜びに際して、ささやかなお祝いをしようと考えていたのだ。「これから名刺も新しくなるのだし、これまでみたいに無造作に持つのはやめて、ちゃんとした名刺入れを。お財布だってもうこんなにクタクタしているのを卒業して、ちょっといいものを選ぼうかな・・・」
 そんな風に考える割には、頑丈なつくりだがいささか無骨で、そして全く高価でない私を選んだあたり、彼女らしいと思う。彼女は、あのとき、確かに喜びを心に秘めて頬を染めていた。けれども、決して自分の実力が大きく変わった訳ではないことくらいは判っていた。だから多分「ありのままの自分」に似合ったものを手にしたのだろう。
 あれから3年後に、彼女はもう一段ハシゴを上った。しかし、そのときは全く浮かれもしていなかったな。むしろ緊張感をみなぎらせていた。そのあとは、時に、あの子の器量を超え、多様に仕事の仕方も関わる人間たちも広がってゆくのを私はずっと見つめている。

 そうした彼女が最近ふとした時に、私を見つめて撫でたりさすったりしながら、こんな事を言った。
 「ちょっと汚れてきたけど、何だか最近のほうが愛着が沸いてきちゃったな。全然、高いものじゃなかったけどね。あなたは私の初心だから・・・まだ何処も破れていないし、もうちょっと一緒にいよう。」
 私は、さすがに、ちょっと感じ入ったものだ。しかし、もし、口が効けたら私は彼女にこう言っただろう。「いいだろう、めぐ。ただし、私はこれでも革製品だ。たまには、私を磨いてみてはどうかね」

 

 やがて、ぱたぱたと足音が響いてきたかと思うと、部屋の灯りがともった。
 私に気安く話しかけてきた声の主が言う。「あ、帰ってきたみたいだぜ(笑)きっと俺のスイッチには気づかず、相変わらず点けたまま帰るだろうけどな。」
 その声の主が誰だったのか、私は、彼女が小さなバッグ(彼女はそれをランチバッグと呼んでいる)から私を取り出した瞬間にわかった。cannonのプリンターと言う奴だ。確かに電源ランプは点いたままだった。
 
 「あー!もう。なんで、こんな日に限ってお財布を置いてきちゃうんだろう。昨日もホームセンターでいっぱいお金使ったのに。とんだ出費よ」と、はぁはぁ言いながら独り言だ。私を通勤バッグに入れなおすと、また走り出した。タクシーで戻って来て、バス停に待たせているらしい。あの階段を駆け上ったら、そりゃ息も切れるさ。

 彼女が自宅に戻ったのは深夜だった。それでも、翌日は予定どおり自身の研究会を開催し、夜は講師の女性と遅くまで話し込み、自宅に私と共に戻った。すっかり疲れ切っていた。彼女が、研究会を職場の「停電日」と重ね合わせてしまい、途中から前日に用意した5つもの「ランタン」を炊いてしのいだなんて話は、私は翌日、彼女と共にコンサートに出向いた男性に興奮して話しているのを聞いたことだ。

 その夜、彼女と共に私は大音量の音楽の洪水のなかに3時間半近くいた。よく響く類い希な声が広い広い空間から感動的に押し寄せて来るのを、私も彼女と共に受け止めた。あの美しい声の主を私が知らない筈がなかった。私の持ち主である彼女が、ずっと愛してやまない人物なのだから。
 ショルダーバッグのなかに入れられて膝の上に乗っていた私は、時折、曲の狭間で、彼女の膝が小さく震えるのを感じていた。彼女がバッグを開けてハンカチをつまみ出そうとした折り、私は、そのファスナーの隙間から、ほんの少し目映いばかりの天井を仰ぐことができた。
 「きみの心のなかに、やさしい雨が降るように・・・」と歌声の主がたたえるとき、その天井が光り輝き、黄金の光がはらはらと降り注ぐのが私にも見えた。ああ、なんと美しい光景なのだろう。そしてなんと魂が浄化される歌声なのだろう。そして、なんと誠実で「懸命」なのだろう。私は、私のことを丁寧に縫い上げた名も無き若い職人のことを一瞬、思い出した。

 やさしい歌声の主は、その心も声と同じであるらしかった。大スターと呼んで良いような声の主は、名曲を歌い上げる一瞬前に、極まり来る感情をそっと抑制しながら「・・・こんなにも大勢のひとが来てくれて・・・ほんとうに・・・ありがとう」と少年のように素朴に呟いた。
 
 私の持ち主は、コンサート会場をあとにしようとした際、あの黄金の雨に見えたものが、正方形にカットされた小さな銀色の紙であったことを、地面に落ちていたそれに気づいて知る。「もしかすると、魔法の時間だったののかな」そう心で呟きながら、今は、ただの紙切れとなったそれらを何枚か拾い上げると、大事に私の懐の奥に挟み込んだのであった。

 言い遅れたが、私は彼女の財布である。
 正月のお参りで引いたおみくじや、彼女の心にそっとしまい込んである思い出にまつわるいくつかのものをささやかに預かっている。




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そういえば25年くらい前に佐野元春さんのコンサート行った時、アンコールで凄い量の紙吹雪と風船が落ちてきて、風船1つと金銀の紙切れを大事に持ち帰ったことが僕もあります。
ずっと忘れてたのだけど、3年くらい前の大掃除で発見した小さな紙箱に入ったその風船は、色が褪せ印刷されてた絵柄もどんなだったかすら判らないものになってました。
残念ながらその風船と金銀の紙切れにはその3年前おさらばしましたが、同じ紙箱に入れてあった30年くらい前のフリーライブで佐野さんが投げたギターピックだけは今でも大切に保管してます。

長いツアーも季節が移りかわり、ナマ「秋の気配」が聴けたMegさんがなんとも羨ましいです^^
  1. 2011/09/28(Wed) 01:22:15 |
  2. URL |
  3. yui #GYfx15Bo
  4. [ 編集 ]

yuiさん、こんばんは。

小田さんの感涙ライブからほんの数日で激務の日々が戻りました。

しかし!
今日も何処かで小田さんは一生懸命に歌い、そして、会場を駆け回って皆を精一杯元気にしてくれているんだと思うと、私もこの仕事に必ずある筈の喜びを見いだしてがんばろー!いや、別にそんなに頑張れない時でも、せめて、周りのためにニコニコご機嫌でいようではないかと思えます。

yuiさんは佐野元春氏のファンでもあったんですね!
私は初めて、立教大学で彼の生の姿を拝見しましたよ。もちろん敬愛する小田さんと一緒に。
あの方、アーチスト然としながらも大学や講堂の風情がよーく似合っておりました。あんな風に講義が出来たらカッコいいじゃんってちょっと憧れましたよ^^

ギターを弾くyuiさんであれば、憧れのアーチストのピックなんて、もう本当に生涯の宝物ですよねっ。
もったいなくて、それでギターは弾けなかったのかな^^

私は、大好きな小田さんからは、沢山の元気と思い出を貰ったので、大量に生産され何の特別な価値はないだろう「クマちゃん」ストラップを自分で買い求めても(いや、本当は買って貰った)文句ありません(笑)半袖で寒そうになってきたこの子に、オリジナルのベレー帽でもかぶせてやろうかな♪

「秋の気配」・・・そうなんですよ。「夏の日」から移り変わった季節のなかで聞けて感無量でした。

”天声人語が、秋の気配の歌詞を採り上げてくれて。でも、それって(普段は歌ってない)2番なんだよ(笑)。と言うことで、今日はワタシは2番まで歌うことにしました”みたいなニュアンスで、ふわっと始まり、2番は何だかオフコースを思い出させるような切々とした青年っぽい感じが入り交じった、とっても素敵な「秋の気配」でした。

こちらのコメントのお返事、2回書きました。
無線ランが何故だか途中で切れちゃって(涙)お返事少々遅くなりました。

  1. 2011/09/29(Thu) 23:40:10 |
  2. URL |
  3. Meg #T0ca3UNU
  4. [ 編集 ]

佐野さんのピックではもちろんギター弾いてませんよ~。
密封出来るチャック付きの袋にずっと入れてあります。

「秋の気配」は4人オフコース時代のライブで聴いた時も2番が無いショートバージョンだったような気がします。
その時はピアノの弾き語りでしたが、やっぱフルで出来ればアコギで聴いてみたかったなと。。
初めてオフコースの音楽と出会った時の最新作が『JUNKTION』だったので、「秋の気配」や「思い出を盗んで」は今でも自分の中で特別なものがあります。

いつも思いますが小田さんライブ後のMegさんの記事やコメントはキラキラ感満載で、こっちまでなんだか嬉しくなってしまいますよ(笑)
そして大変だったコメントの返事、どうもありがとうございますi-228
  1. 2011/09/30(Fri) 01:33:17 |
  2. URL |
  3. yui #GYfx15Bo
  4. [ 編集 ]

yuiさん、改めまして、こんばんは。

私は今、締め切り仕事を二つ以上抱えつつ、家に帰ると「何もしたくない病」になるので、
近所のファミレスで何か神の瞬きはないものかと2時間ばかし仕事しております。
(小田さんは、どうしても歌詞が書けないとき、締め切りに追われると、
お風呂に鉛筆と紙を持って入るのが有名ですよね:笑)

佐野さんのピックはやっぱり易々と使える訳ないですよね^^それはもう最重要・保管物ですよね。
小田さんの投げたタンバリンを”万が一”私が受け取ったりするようなことがあれば、
もう、首にかけて帰るかな。「ママ、みて~。あのお姉ちゃん、きっと頭がヘンだよ!!」と
すれ違う子どもに言われたとしても(笑)

それにしても「秋の気配」のアコギ・バージョンは、フルで演奏されたことが
過去、あまりなかったのですね・・・。それは知りませんでした。

そして、yuiさんの思い入れ深いアルバムを知って、会場にいる「あぁ、あのくらいのお兄さんなのね」
と想像しました。私はまだ生まれてもいませんね・・・(たぶん、嘘をついてみました:笑)

>小田さんライブ後のMegさんの記事やコメントはキラキラ感満載で、
>こっちまでなんだか嬉しくなってしまいますよ(笑)

そうですか(笑)これは、小田さんに貰ったキラキラのお裾分けです。
出来れば次のライブまでずっとこの気持ちが継続して欲しいと願いますね。努力次第でしょうが。

せめて、ものすごく特別に優秀ではかばかしく機能せずとも、
「何だかあの人がいるとイイ感じ・・・」程度に周りの人に貢献できれば幸いかなと思う
今日このごろであります。
  1. 2011/09/30(Fri) 23:41:53 |
  2. URL |
  3. Meg #T0ca3UNU
  4. [ 編集 ]

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