風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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春を待つ。 :: 2012/03/01(Thu)

先日のメモ日記から。
 
 一般入試のまっただ中。試験監督を終えた後、帰りの混雑を避けるために、少し雑務をしてから帰るのが常だけれど、疲れ過ぎて何だかもう仕事する気持ちになれない。かろうじて立ってはいられるので、バス停の長蛇の列を気長に進むことにした。前後に並ぶ受験生たちの悲喜こもごもが、耳元を通り過ぎる。高校の制服を着た女の子達がため息混じりに話している。

 「・・・はぁ。ここまで受かる気がせーへんのは初めてやわ。なんか過去問より、めちゃ難しくなかった?あたし、絶対あかんわー(涙)」
「うちさぁ、お母さんがさぁ、絶対に聴いてくるんよおぉ。“どうやった?”って、毎回。」
「あー、それ、うちも聴いてくる!“うん、まぁまぁかな”とか適当に言っとるけどな(笑)」
「あぁ・・・なんかもうどっかで一人、沈んでたい。なぁなぁ、バス、座れるかなぁ。座りたいよ。。。」

 監督もしかり生徒も相当のお疲れの様子。
 ほんの数年前までそうした会話を聞くと「大変だなぁ。自分はもう受験が終わった大人になれてヨカッタヨカッタ。」なんて人ごとに思っていた。でも、このごろは、親の気持ちも「わかるなぁ」。そして、子どの気持ちは経験済み。子どもとしては、である。親に駄目だったと伝えて、残念そうな顔を見たくなのよね。「あかんかった」と言わないことで、ようやく自分のこと支えている。

ローカル線に乗って何処までもゆく。 自分の高校受験をにわかに思い出した。まずは私立の受験だった。学校帰りに、もう通知が届いているな、ちゃんと受かったのかなぁ・・・。何とも言えない不安な気持ちで玄関の扉を開けると、母が走ってきて「受かったよ!」と笑顔のダブルピースのサインを掲げたこと。ぴょんと飛び跳ねた可憐さを彼女は覚えてはいまい。余程、親も安堵したことかと思う。それはもう滅多に思い出すことはないが大切にしまうべきキュンとする思い出だ。
 しかし、その後の公立高校受験は見事に落っこちた。「不合格」を背負って歩く帰路は、出来れば「消えてしまい」気持ちそのものだった。そうそう「一人沈んでいたい」、それだ。いったいどんな顔して家に入ろうか。そのあとも、綿々と失敗と挫折の多い人生を送ることになるが、あれは最初の「不合格」だったのだ。
 
 「あかんかったわ」。うんうん、一人でその気持ちをぎゅっとかみしめているんだよね。バスの席、私が替わってあげてもいいよ。折しもi-podのイヤホンから流れるは「いきものがかり」のバラード。君たちにぴったりの青春ソングだ。4,5年前の自分なら「受験“なんて”一つの通過点だからね!」と言ってどんと背中を叩いて励まそうと思っただろう。今は違うな。「そうかぁ・・・・うん」と言って、でも、出来るだけ暗い顔なんてしないで黙って隣に座っているだろう。人は折々で落ち込むように作られているんだなぁ。

 幸福をどんな時に感じるかと言えば、絶好調の時ではない。何だか崖っぷちの狭間だ。「まだ、生きてていいかな」「人生捨てたものではないんじゃないかな」

 春には、彼らの心と私の心にそっと爽やかな風が吹きますように。

  1. 未分類
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comment

自分が公立高校を落ちた時の感覚を思い出したよ。「消えてしまいたい」って、たしかにそやったなぁ。ちょっと背伸びした受験だったのだから仕方ないって思ったけど、またまさにそのように慰められるだろうという予想と、そう慰められる選択をした自分が恥ずかしくみじめに思えて、やるせない気持ちで、いくつかの古墳の傍を自転車をこいで帰ってきたなぁ。
今まだ幼児と赤ん坊の子供たちがそんなことで悩むような時期になったときに「あほ、しょうもないことで悩むなよ」なんて無神経なことを言わず、黙って話を聞いてやり、うれしい知らせのときには子供より高く跳ね上がって喜べる親になりたいと思った。
「崖っぷちの狭間」っていいね。facebookなら、この言葉だけで「いいね!」クリックするよ。自分は結構「崖っぷち」の経験には事欠かないと自覚してるのでね、相当しあわせな人生を生きているところだと実感しているよ。
  1. 2012/03/05(Mon) 00:39:43 |
  2. URL |
  3. た #-
  4. [ 編集 ]

せがたく、コメントありがとう★

レスが遅くなってしまってごめんね。

ついこの間まで自分の記憶だけを辿っていたけれど、そーだ、そーだ!たくちゃんと私は同じクラスの同じ担任じゃありませんか(笑)

言われなければ私は一生、自分以外の「級友の高校受験」までを思い出さなかったけれど、不思議とせがたくのことも確かに記憶が残っているよ。受かった連中の顔などは全然思い出さないけれどね(笑)

>いくつかの古墳の傍を自転車をこいで帰ってきたなぁ。

この一文。読むとどうしても頬がふっと緩むんだよね(*^^*)
深々とした共感だよ。十五歳の私たちの心にね。
「古墳って言えばあのへん」というふるさとの風景も思い出されれてね。
短い歩幅で自分のスニーカーばかり見て歩いていた私と、
古墳の周りを自転車でぐるぐる周りながら家までの距離を遠ざけていた君。その帰り道だけの心の描写で、ちょっと短いムービーでも作れそう。

>「あほ、しょうもないことで悩むなよ」なんて無神経なことを言わず、黙って話を聞いてやり、
>うれしい知らせのときには子供より高く跳ね上がって喜べる親になりたいと思った。

いいお父さんだね^^
でも、「しょうもないことで悩むな!」と堂々と言い切れる親にも愛情を感じるよ。とくに子どもが親をがっかりさせてしまった、と思って心を塞いでいるときなどは。
子どもよりはしゃいで、ぃやっほーい♪って子育てを楽しんでいただろうなと思うのはうちの母。
先日「そうでしょ?」って聞いたら「うん、そうよ。だって、面白かったんだもん」だって。
「子育ては大変だったわ」と言われるより100倍嬉しいね。

>「崖っぷちの狭間」っていいね。

いいでしょ? 崖っぷちの狭間だ、ずっと。
おかげさまで生きている実感があるよー(笑)
  1. 2012/03/08(Thu) 21:27:20 |
  2. URL |
  3. Meg #T0ca3UNU
  4. [ 編集 ]

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