風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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字数制限あり。 :: 2012/05/21(Mon)

 すっかり更新も滞りがちになったこのブログ。
 何か新しいテーマや意義を見出さないともう続けていくのも億劫になりそうだ。

 ふと、「そう言えば手術を受けたのは何時だっけ」と思ったところ下書き状態にしているこのブログ記事を振り返った。もう7年も前だと確認をする。「そうか、そうか2005年だったな」と。そう思えただけで無くしたものを見つけたようで安堵。書くことは経験の物語化による気持ちの整理であって「記録」という要素は重視していなかった。でも、役立つのは案外「何時何をしたか」の記録の方だった。
 
 まっすぐ見つめる。 Satoさんや自分の目で選別された形ではあるが過去の自分の姿にも再会する。写真はどう撮ったかより、どれを選んだかも含めて表現である、と誰か写真家が言っていたっけ。そうして過去に選ばれた自分の姿に「こうやって歳を重ねたのね」と、ひっそり声をかけたりして。
 かねてから一つ、やってみようと思っていた試みは「制限ある文字数のなかで日記を綴る」こと。際限なく言葉を重ねる自分の書き癖。すなわち駄文。読み返す気にはならない!

 職場で広報の委員をしている。先日、学部をアピールするパンフレットづくりにあたり、180字のみで、ある講義の特色を紹介することになった。全体を象徴する見出しもつける。第一校は、情報は網羅しているが文章の繋がり方に無理があってスッキリしない。客観的意見も求めつつ、二度目に推敲した文章には「ポイントが分かり、過不足なく分りやすく収まった」感触が持てた。表現を工夫し、より伝わってインパクトのある言葉選びのセンスも持てるなら、それにこしたことはない。
 
 条件や制限、フレームは沢山あるほど書きやすいし、優れたものが出来ると言ったのは三谷幸喜の論だったと思う。そうした訳で、今後は千字以内で自分でも読み直す気に多少はなりそうな日記を目指し、再スタートなり。 

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