風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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恩師 :: 2013/12/21(Sat)

  親しいゼミ学生の一人が、アカペラコーラス部員だと初めて聴かされた。『○日が、定期演奏会なんです』と。卒論締め切りまで逆算すると仕上がるか否かの分岐点にある今、指導側としてはちょっと眉を潜めて「あら、部活もそろそろほどほどにね」と言うべきかもしれないけれど、「えっ?!そうだったの?そりゃあ、大事な青春の一ページだからね。美しく終えなければ!」と反対に応援してしまった。というのも、自分の大学時代と言えばコーラスの部活(と、最後のほうは、受験もあったし、ちょっとは真面目に卒論を書いた・・・はず)が楽しくて楽しくて、殆どのエネルギーも心も捧げていたからだ。
 「最初のうちは、全然まとまりもなかったけれど、今は同期の子たちが大好きで溜まらなくて。皆で作り上げてるって感覚がもう・・・客席にお客さんが一杯入ってるだけでもう涙が出そうに」などといった話は、もう端からは端まで経験した感きわまる要素なので、「よっしゃー、行ってこい。存分に輝いてこーい!」と心から送り出してしまう。

 そんなことをきっかけに、久しぶりに当時、客演指揮や指揮法でお世話になった先生を思い出した。
 強烈なインパクトを持っていて、とにかく「あの人に褒められたくて」と思わせるに十二分の魅力をたたえていた。同時に、多くの女子たちに猛烈にモテていた。そして、セオリーどおり、色気ある男らしくキケンな噂も多々あった。翻って、男子学生には、彼の生き写しのように指揮棒を振る輩もいた。気づかないうちにも同化してしまいたいほどの吸引力ある棒を振る、それはもう美しい姿であったことは間違いない。。
 
 そうした先生だったが、自分のいまの職業選択において彼が相当に重要な発言をしてくれたことも、ちょっと長らく忘れていた。「お前、向いてるよ。だから、なれよ。で、母校に戻ってコーラス部の顧問にやればいいさ。」 

 コーラスから遠のいて以降、彼の活躍は遠くから見守っている。と言うよりは、だいたい忘れてしまっている。でも、あの人も恩師の一人であることに違いない。優秀なグリークラブも幾つも率いていた一方で、我々のような弱小部が「未熟で、育つ途中のヒヨコ達がけなげに」頑張る姿も見捨てなかった。ある時、あまりに懸命に、数人で練習に見に来て貰う日を打診していたときだったか、「くそー、お前ら、キュンとさせやがって!!」と言いながら端から順番に頭をぽかすか叩いちゃうような博愛こそが敬愛に値したのだと思う。

 「恩師」と呼べる人はあと何人か思い出す。
 愛すべきことに、と書くべきか、嘆かわしいことに、と書くべきか少々迷う。印象に残る「恩師」たちは皆、ある事柄に際だって長けている反面、世の常識から分りやすく逸脱していたり、変人体質でもあった気がする。ちなみに、一人の「師」は父をあげておきたい。
 
 そういえば、先日、ほんの少し前に卒業したゼミ学生が「先生にぜひともお伝えしたい話が・・」と改まって言ってきた。どうやら結婚が決まったらしい。卒業式には一緒にツーショットの写真を撮ってあげた。我ながら実によく撮れた一枚だと記憶している。
 卒業生で結婚話をしに来た学生は初めてだ。もしかして、式典でのスピーチを大学時代の「恩師」として頼まれたりするのかしらん。。。。いやいや、自分と「恩師」という表現は、どうにも結びつかない。
 
 あぁ、もうホントに今のこのへたれぶりからは、一層結びつかない。
 ただ、9割くらい、へんてこりんだったり虚弱だったりして敬うには足りなかったけれど、1割くらい好きなところがあったんだよなぁくらいの印象が残っていれば、もう十分だ。

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