風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告

お辞儀をする。 :: 2009/07/08(Wed)

カフェオレを飲む。 私が「お辞儀」を最初に徹底的に学ばされたのは、剣道を習っている幼少期だ。「礼にはじまり礼に終わる」と、練習が始まる前に声に出して言わされたし、「武道」には基本的にあらゆる場面でお辞儀をするシーンがある。それをおろそかにしては絶対にならない、と叩き込まれた。試合で負けた時こそきちんと礼を尽くし、終焉まで美しく。自分の気持ちにだけは負けないために。

 私はこう見えて半分は「体育会系」だと言っても誰も信じてはくれないけれど。
 エレンガントなお辞儀の仕方を学んだのは大学に入ってから学生指揮者をするようになってから。これは舞台上での演技の一部であり、指揮者のお辞儀からもう音楽ははじまっているのだから、と教えられた。最初は上手に出来ずに、指揮者の先生に「むはっは」と笑われたことも記憶している。

 そうした経緯で、自分の場合、場面に応じたお辞儀の仕方をするといったことは、学校の勉強の外側にあった。けれども、模擬面接中の目前の学生があまりにぎくしゃくしていれば、指摘をせざるを得ない。個々人によって多少の個性はあっても良いとは思いつつも、「あの・・・ね。私、昔剣道をしていたのだけれど」と口火を切ってしまったがために、一緒に面接官をしていた、うんと年配の男性の先生に「あなた、ちょっと見本を見せてあげなさいよ」と言われてしまったのだ。
 何が将来の役に立つのか分からない。そんな風に「お辞儀」に関して思ったのは、もう何年も前、院の修了式で学長を前にしたとき。思いがけず後で「お辞儀が綺麗だった」だなんて同級生が褒めてくれたことを懐かしく思い出す。

  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:2
<<女ともだち。 | top | 自分で決める幸せ。>>


comment

お辞儀って難しいよね。自然にかっこいいお辞儀ができる人は、ビジネスの世界でもあんまり見かけないよ。小さい頃に身体で覚えたことって大切だと思う。小さい頃という時期が重要なのではなくて、学び方じゃないかと思う。剣道ではケッパンなんてしょっちゅうやられて、ちゃんとできるまで、竹刀でバカボコやられて、あれで否応なしに身体がいろんなことを覚えたんだと思うし、吹奏楽では一つのフレーズがどうしても先生のイメージに合わず何度も指揮棒が飛んできたし、能でも師匠の足蹴りやなんかはしょっちゅうだった。教える方が、教えることに一所懸命で、かつ教える内容に自信をもっている、そして教わる側もそれにこたえようとした、というような教育が行われた時に、「身体で覚える」という成果が得られるんだろうね。今の若者たちは、なんでもかんでも「体罰」なんていって、そういった真剣な教育から遠ざけられているような気がして、かわいそうだと思う。
  1. 2009/07/19(Sun) 21:16:55 |
  2. URL |
  3. た #-
  4. [ 編集 ]

せがたく、こんばんは。

「このごろ元気にやっていますか?」

以心伝心でしょうかね。実はこの土曜に、東京出張だったのですが、新幹線に乗っている長い時間の一部を費やして、たくちゃんに冒頭の書き出しでメール書いていたんだよ。でも、まとまらないまま駅に着いちゃって、まだ下書きフォルダにあるよ(笑)

さて、お辞儀の仕方の話だけれど、あれって確かに放っておいても自然には上手く出来ないかもしれないね。剣道では、正座をして手をついてするものや、試合前後の立ってするお辞儀の両方を習ったけれど、通常のそれとは違って、その一瞬は心を静寂にすると言うか、我の内面を見つめる一瞬としての意味を持っていたんだろうな、と今では思いますね。

ちょっと上手く出来ないと、竹刀でぽかっとされることはよくあったよ(笑)。でも、それを体罰だなんて感じたことは確かに一度もなかったなぁ。先生たちは皆、ボランティアで教えに来ていらっしゃったし、子ども達に向けて愛情があるのは私たち自身が感じていた気がします。それに竹刀で叩くとき絶対に痛くない叩き方していたんだね、あれ。だから、先生の気を引きたくて、私なんか体育館走っているとき、わざとコーナーだけ歩いてさぼってみたりしたよ(笑)

私の経験では指揮を習ったときのことも思いだすね。あまりに上手く出来ないときには、先生が、見てられんと言った風情でがーっと歩いて来て、いきなり腕ごと持たれて、ぶんぶん振り回されたりしてねぇ。泣きっ面だったことも思い出しちゃったなぁ(苦笑)最後は、練習しろよって感じで頭をこづかれる。悔しくて、次は絶対に上手くなったと言わせるぞって思ったものだった。まさに身体と心で覚えるという感じなのかな。

大学などではね、たとえば実技系(体育や、何かを作るような実習を伴うもの)の先生方が、最近ではじかに学生たちの身体に触れるときには、ものすごく気を遣うとまで言っていたよ。「今、これをするために、ここを持つよ」と、その都度断ったりして・・・。一つ、学生と意識の差異が生じたら、そのままハラスメントとして訴えられかねないと。

そうした意味からすれば、たしかに「教育」する側も、される側もとても難しい時代をわれわれは生きているね。
  1. 2009/07/19(Sun) 22:54:05 |
  2. URL |
  3. Meg #T0ca3UNU
  4. [ 編集 ]

comment


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://megchy36.blog18.fc2.com/tb.php/688-f228c84c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。