|
お辞儀って難しいよね。自然にかっこいいお辞儀ができる人は、ビジネスの世界でもあんまり見かけないよ。小さい頃に身体で覚えたことって大切だと思う。小さい頃という時期が重要なのではなくて、学び方じゃないかと思う。剣道ではケッパンなんてしょっちゅうやられて、ちゃんとできるまで、竹刀でバカボコやられて、あれで否応なしに身体がいろんなことを覚えたんだと思うし、吹奏楽では一つのフレーズがどうしても先生のイメージに合わず何度も指揮棒が飛んできたし、能でも師匠の足蹴りやなんかはしょっちゅうだった。教える方が、教えることに一所懸命で、かつ教える内容に自信をもっている、そして教わる側もそれにこたえようとした、というような教育が行われた時に、「身体で覚える」という成果が得られるんだろうね。今の若者たちは、なんでもかんでも「体罰」なんていって、そういった真剣な教育から遠ざけられているような気がして、かわいそうだと思う。
============================================================ せがたく、こんばんは。
「このごろ元気にやっていますか?」 以心伝心でしょうかね。実はこの土曜に、東京出張だったのですが、新幹線に乗っている長い時間の一部を費やして、たくちゃんに冒頭の書き出しでメール書いていたんだよ。でも、まとまらないまま駅に着いちゃって、まだ下書きフォルダにあるよ(笑) さて、お辞儀の仕方の話だけれど、あれって確かに放っておいても自然には上手く出来ないかもしれないね。剣道では、正座をして手をついてするものや、試合前後の立ってするお辞儀の両方を習ったけれど、通常のそれとは違って、その一瞬は心を静寂にすると言うか、我の内面を見つめる一瞬としての意味を持っていたんだろうな、と今では思いますね。 ちょっと上手く出来ないと、竹刀でぽかっとされることはよくあったよ(笑)。でも、それを体罰だなんて感じたことは確かに一度もなかったなぁ。先生たちは皆、ボランティアで教えに来ていらっしゃったし、子ども達に向けて愛情があるのは私たち自身が感じていた気がします。それに竹刀で叩くとき絶対に痛くない叩き方していたんだね、あれ。だから、先生の気を引きたくて、私なんか体育館走っているとき、わざとコーナーだけ歩いてさぼってみたりしたよ(笑) 私の経験では指揮を習ったときのことも思いだすね。あまりに上手く出来ないときには、先生が、見てられんと言った風情でがーっと歩いて来て、いきなり腕ごと持たれて、ぶんぶん振り回されたりしてねぇ。泣きっ面だったことも思い出しちゃったなぁ(苦笑)最後は、練習しろよって感じで頭をこづかれる。悔しくて、次は絶対に上手くなったと言わせるぞって思ったものだった。まさに身体と心で覚えるという感じなのかな。 大学などではね、たとえば実技系(体育や、何かを作るような実習を伴うもの)の先生方が、最近ではじかに学生たちの身体に触れるときには、ものすごく気を遣うとまで言っていたよ。「今、これをするために、ここを持つよ」と、その都度断ったりして・・・。一つ、学生と意識の差異が生じたら、そのままハラスメントとして訴えられかねないと。 そうした意味からすれば、たしかに「教育」する側も、される側もとても難しい時代をわれわれは生きているね。 ============================================================ |
|
|
|
| Top |
|

Meg(11/23
miho(11/22
Meg(11/17
Meg(11/17
Meg(11/17
た(11/17
た(11/17