風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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深夜の映画鑑賞 :: 2009/08/13(Thu)

 ここ数日の夜は、NHKで、広島に原爆が投下される前の数ヶ月間を、当時の中学生だった少女たちの日記によって物語化した番組が放送されていた。また別の日は、当時、爆心地のすぐ近くの学校に通っていた男子学生たちが60年以上のときを経て同窓会を開き、それぞれの想いで人生を生きてきた姿をドキュメントした番組も観た。
 あの惨禍を「生き残った」ひとたちの想いは計り知れない。ただ、女性たちの多くは笑顔で、みずみずしいあの青春を生きたあの日々を「あんな時代たったけれど、楽しかった友たちとの日々」として語っていた。男性たちの多くは生き別れた家族や友たちの話に及ぶと、涙をぽろぽろとこぼして、言葉にならないでいた。言葉よりもその一つ一つの表情が印象的だったインタビューだった。

 そうしたなか、ゆうべは深夜に「夕凪の街 桜の国」という映画を観た。2年ほど前の映画だったようだ。被爆しながら26歳まで13年間を生きた女性と、その姪にあたる現代を生きる同世代の女性二人の想いを通して現在と過去が折り重なっていく。
 少し前から気になる女優さんの一人だった麻生久美子が、被爆後の13年を美しく透明感のある演技で演じていた。彼女は心惹かれた人に生まれてはじめて、自分が被爆後に抱えてきた「妹を死なせて生き残ってしまった」苦しみを打ち明けるの。それからまもなく原爆症の病に倒れてしまう。お見舞いに来てくれた恋人を見送りながら、別れるときは抱き合うでもなく、互いに同じ歌を歌いながら、それぞれに背を向けて家路に向かうときの、清らかで幸せそうな笑顔があまりにも可憐だった。それが一層、まもなく彼女がやがて来る命の終わりを悟り、人生を終えていく姿を切なく浮かび上がらせ、溢れる涙はもう止められなかった。
 それでも、この映画は悲しみだけではなく、たしかなぬくもりを心に残した。なんでもない日々を生きるということの希望と、生きていくことができるという尊さを感じた。周囲で自分を支えてくれるひとたち皆に感謝したくなった。何故か亡くなった祖母のことまで思い出した。祖母も広島の生まれだった。

ベンチの向こうは夏の日差し。 時々、真っ白い紙にすっと一本の線を描いて、今日からは線のこちら側の人生をゆこうなど何でもかんでもシンプル化してみたくなる。でも、隙間のある点々の線くらいでいいのではないか。過去は振り返るためにあるのだから、何もおそれず隙間をぬって何度も見に行ったらいい。それは、すべて誰のものでもなく私のものなのだから。本当は、どこにも線などなくていいと思う。ただ、所々に目印をつけながら、ずーっと繋がった過去も今も未来も受け入れよう。

 「夕凪の街 桜の国」
 公式サイト: http://www.yunagi-sakura.jp/

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