風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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手紙。 :: 2009/11/04(Wed)

 NHKの音楽番組、SONGSに財津さんと一緒に小田さんが出演と聞きつけ、大急ぎで入浴を済ませてテレビ前にスタンバイする。
 装着すれば、余計に髪がぐちゃぐちゃになってしまうカチューシャのようなヘッドフォン姿の財津さんも、からすとんび(それは何を意味するかは私も知らない)みたいな大きな白いマスク姿でインタビューに応える小田さんも、全く装わない「素」だったが、共に競うようにへんちくりんだった。
 しかし、まるで恋人同士のように直筆の手紙を交換し、音楽で繋がる彼らの友情に感動した。とくに、もうすっかりベテランと言える筈の財津さんが、小田さんが提供した楽曲を「より自分らしく」を目指すのではなく、より小田さんの世界観を重視しようと努力して歌い込む姿や、「小田さんの歌い方は、真っ直ぐに、自分の胸の、奥底にある核たる部分に、問いかけるような歌い方だから・・・」と、じっと瞳を閉じながら、かみしめるように言葉にする姿には胸打たれた。同時に、財津さんが仕上げた曲を聞き終わったあとの、小田さんの瞳を伏せた独特の表情にも。ほとんど羨ましいばかりの瑞々しく素敵な関係。

 そして、こうした話題から派生して、何故この話を綴りたくなったのかは分からないけれど、最近の出来事を書いておきたい。
 先日、同じ学部で働くひとりの学者が急逝した。まだ若かった。平均的にはあと30年くらいは元気に生きてもよいくらいの年齢だった。私は、たった一度しか話す機会がなかった。偶然、今年になって同じ委員会で仕事をすることになったのだ。その一回目の打ち合わせは夏前だった。そのときはまだ彼自身、病気を知らないでいたそうだ。

 彼はあのとき、私に「うそ?ほんとに」と言った。それは私が「今の高校生の女子は、制服がなくなって欲しいなんてきっと思っていませんよ。むしろ、制服は大好きだと思います」と、ちょっぴり若者ぶって言ったときの反応だった。「うそ?ほんとに」というのは私への返答というよりも、むしろ単なる驚きを口にした独り言のようでもあった。あと、いくらかの言葉も交わしたとは思うけれど、とくに印象に残っている内容ではない。

 次の打ち合わせが夏休みが明けてからだった。しかし、彼は欠席であった。そのときに病気で入院していることを、私ははじめて知らされた。重篤な状態だと。
 そして、その翌日、彼がもうこの世にいなくなってしまったという事実を知らされたのだ。私は言いようのない気持ちになった。悲しみよりも何よりも不思議な感覚があった。「うそ?ほんとに」と私は彼と同じようにひとり、呟いた。
 
 そのあとの大きな会議で、全員で黙祷を捧げた。それは、とても長い黙祷だった。
 だから、私はあの最初の会議で隣に座った彼の顔をまざまざを思い出すことが出来た。
 同じ学科の同僚から、彼の学者としての立派な業績と、僅かな人となりをうかがわせる事実が聞かされた。
 夏休みにはもう遺書をしたためていたこと。
 9月の半ばに事務手続きのために大学に来たこと。
 そして、それが最後の出勤であったこと。

 多分、私がまだ一度も話したことがない男性教員のひとりが、眼鏡を外し、そっと涙を拭う姿を見た。
 こんな風にして、人はすっと消えてゆくように居なくなるものなのか。
 彼の遺書は、とても正しい、きちんとした日本語で綴られていただろうと想像する。

 小田さんが財津さんに提供した曲のタイトルは「手紙にかえて」  

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