風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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女同士のクリスマス・イブ。 :: 2009/12/25(Fri)

 冬休み前の講義がようやく終了である。

 最後の講義に、あるまっとうな理由で、大学時代の同級生を講義に招いて参観して貰う。来年度以降はその専門知識を借りて講義づくりに一役買って貰う予定があるのだ。いわば作戦会議にやって来て貰った。
 それにしても長い時を隔てて再び、私たちが出会った「大学」という場所で、同じ時間を共有していることに不思議な感覚を抱いた。同時に、それが極めて自然でもあることにも驚いた。私が教壇で話している。視線の向こうにはにこにこしている彼女がいる。そのことはとてつもなく以前から用意されていた物語のような気分にさえなってしまう。
 学生時代の授業中は、斜め後ろあたりから彼女の後ろ姿を見ていた。たいていの場合、『眠くて死んでしまう~!!はよ、試験問題を言わんかぁ~!!』と心で叫び、果敢に眠気と闘いながらも、最後はかならず闘い破れて机にうっつぷしてしまう。「眠りに落ちる瞬間」が可笑しくてくすくす笑いながら見ていた。講義後に友人同士で、彼女のノートを覗きこみ、ミミズの這ったような、あるいはほとんど全部が不整脈と言うべきシャープペンシルの軌跡を「なぁに、これ」などと言い合いながら笑うのが楽しかった。
 しかし、立派に使命を果たそうとする社会人、そして母となった彼女はもう授業中に決して眠らなかった。じっと考え込むようにして、時折、すらすらとペンを走らせメモを取る様子は知的そのものだ。それは、まさに隔世の感なのだった。
 当然のように、仕事のあとは共に食事に、最後はお茶に出向いて沢山話す。あの頃のどうしようもなく未熟だった私たちが「イマドキの若者」の話をする。自分たちの事も語り尽くす。そうしてこれまでは大きなトピックではなかった親たちの話もする。すべては「今と未来をどう生きるか」がテーマだ。
 かつて誰かが、女性は、ライフコースの選択によっては友情が途絶えると言った。結婚をするか、子どもを持つか、家に入るか働き続けるかどうか、その折々で。でも、事実からすれば縁ある人はどこまでも縁はあるのだ。もっと言えば、現代の女の生き方は、これまでのような幾つかの定型に納まるものでもないだろう。
 
 実を言えば、前夜は、真夜中に受信した学生からのメールの内容に小さくショックを受けてよく眠れなかった私は、アルコールも飲まずしてすっかり最後は目が重くなり、ほろ酔いのような感覚になってしまった。
 あぁ、今夜はきっとよく眠れることだろう。彼女が来てくれて本当によかった。そうでなければ、今頃はまだ研究室に居て部屋から出そびれてしまっているだろう。「今夜は私、ずっと大丈夫なんだ!」という嬉しそうな言葉に私も残した仕事はみな翌日以降に預けることをすっぱり決めたのだ。
 女友達に、心底感謝しながら過ごした素敵なクリスマス・イブだった。

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