風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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同窓会。 :: 2010/01/11(Mon)

 昨年末あたりから、例年になく旧友たちに会う機会に恵まれている。これまでも全く機会がなかった訳ではないけれど、私自身が以前とは違い、すこし無理をしてでも「会っておきたいな」と思えるようになったせいでもある。
 
 先日は、大学時代のクラブ活動生間の同窓会。数人ずつなら時折会う機会もあったけれど、10名を超えて一同に集うのは初めてではないかと思う。同級生ばかりではなく、私たちの学年を挟んで上下の先輩、後輩達が集った。
 ただ少し残念なことに、お店の座席指定の関係上、二つのグループに分かれて座ってコース料理を頂くことになったので、2時間半を超えてそこに居たものの、なかなか席を隔てた人と話すには到らず、それに限っては心残りなことではあった。でも、久しぶりに見る懐かしい面々とは、最初の1分くらいが非常に照れくさいのだけれど、不思議なことに次の1分程度で、学生時代とほとんど同じ印象に感じられるというのが大きな発見だった。
 これが幼稚園や小学校時代の同窓会だったら、全く誰が誰なのか判別がつかないという事態も当然起こりうるだろうけれど、ほぼ大人に近づこうとしていた学生時代の一部を共有し、おおむねその個性の確立に刺激を与えあったであろう人たちとの再会とは大抵こういった感じなのだろうか。
 本当は皆、今日という日まで、それなりに大きな人生のうねりを生きていたと思われるのだけれど、そのドラマチックさも、飛び抜けて誰かだけが際だつことはなかったのは、やはり皆が違う人生ながら同じように一つずつ年を重ね、一つずつ様々な経験を増やしたということなのかもしれない。

 私は、とりわけ最も近くに座った先輩と後輩にあたる人々と会話が弾み、気づけばほとんどずっと笑い転げながら話していたように思う。思い出話から、職場で生じるおかしな出来事。健康にまつわるあれこれ。
 ある一瞬、ふっと意識が分散し、自分たちが話しているグループではない人たちが「いったいどんな話をしているのか?」漏れなく聞いて回りたい衝動に駆られた。と言うよりもむしろ、一人ずつあの頃、「私」という人間と関わり合ってくれたこと、受け止めてくれたことに感謝して回りたいような気持ちになった。 そのときだ。同窓生たちだけでなく、混み合っている店に居るあらゆる人々の人生がまるで一挙に自分の心のなかに押し寄せて来るような感覚を覚えて怖くなり、目前の人たちに意識を集中した。 
 私はいつになく饒舌だったと思う。アルコールは僅かに口をつけたに過ぎないのに。とても楽しくて浮かれ、話していない誰かを気にし、そうして何処かで心地よく緊張し、同時に高揚し続けた。

初春2010  とにもかくにも、このような同窓会が実現するのは「やりましょう!」と、実によきタイミングで言い出す人とそれを実行し得るネットワークを持っている人のおかげである。私には幸い、とても広い交友関係を持つ良き親友が居たので今回のような素敵な機会にも恵まれた。
 何度も言うが楽しかった。その顔は見たのに、その変わりのない、そして、さらに磨かれたように感じらられるある印象を伝えたかったのに・・・殆ど話すことが出来なかった人たち。そんな人には漏れなく手紙でも書こうかと一瞬思ったほどだ。きっと、実現可能性は30%程度だけれど。
 
 「鈍重な行動力」。以前からずっと変わらない自分の姿。そうしていささかセンシティブな感情も。そのおかげで私は自分が時々とても面倒くさい。そう思いながらも、その夜はなかなか眠れずに友たちの面持ち、その佇まいを現在から過去を辿りいつまでも思い出していた。 
 
 後悔しているのは、一眼レフカメラを持って行くつもりで結局持っていかず仕舞いだったこと。一枚ずつよい表情を切り取ることができれば今の時代メールで送ってあげることが出来たのに、と。

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