風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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休暇中の映画鑑賞。 :: 2010/03/10(Wed)

 入試や会議の業務で休日出勤した分の代替休暇が取れた今週。
 今日はパソコンを一度たりとも開くもんかという気分で、珍しくも二本続けての映画鑑賞などをする。その一本が、ユーモラスで気軽に観られそうな「プラダを着た悪魔」。
 
 ところで、私はNHKの海外ドラマ「アグリー・ベティ」の大ファンである。その割には、シリーズの途中から見逃しているうちに、もはやベティが一体今はいつ放送されているかも定かではなかった。が、この機会にさきほど調べて水曜の11時だと確認。それはともかく、「プラダを着た悪魔」もベティも、華やかなファッション雑誌の編集部でファッションより知性を重視する”今ひとつさえない容姿の”若きアシスタントの奮闘ぶり、という設定が共通している。
 けれども、アンディ役のアン・ハサウェイはもはや殆ど着飾る必要もないほど、のびやかな体型で、素材からして溌剌とした美人でチャーミング。冒頭に演じている「野暮ったいファッション」に身を包む流行に無関心な女の子の姿さえ十分に可愛い。途中で超最先端のファッション・センスを磨き、どんどん洗練されていく様は観る側も期待する心躍る筋書きだ。エンターテイメントとしての華やかさに満ちていて楽しめる。でも、少々「当然よね」という感は否めず、個人的にはちっとも変わらままのキャラクターでいるベティの設定が好き。

 さて、この映画はカリスマ編集長のミランダ(メリル・ストリーブ)の悪魔ぶりが際だった魅力かと思う。私生活や親密な人間関係すらも犠牲にしながら仕事に命を懸け、部下や意にそぐわぬ人間には横暴この上ない。
 しかし、どうにも魅力的であり「かっこいい・・・」と唸らせてしまう。現実には、彼女ほどの社会的成功をおさめるほどに才気溢れる人間が居たとしてもほんの僅かだし、あれほどにまで人を切り捨てていくことを厭わないような女性が長く生き残れるケースも少ないと思う。
 
 私たちは「仕事も私生活も何もかも上手く調和させたい」と願っている。人としてそれを志向する意味も、そして権利も当然あると私は思う。切にそうした願いが実現できる社会であって欲しいとさえ思う。だけれど、一方で「上手く調和させる」って一体、誰にとってのどうような状態のことなのだろう、とも思うことがある。もしかすると、そうあらねばならないような脅迫観念を、見えない誰かによって植え付けられてはいないか。
 
 何かに圧倒的に偏っているという状態を許容する、それゆえに何かを圧倒的に犠牲にしているという辛さを抱きしめる。ミランダの生き方の半端ではない潔さや強さには打たれる。実は女性の多くはその強さを潜在的に持っているものではないか。ちょっぴり働き過ぎでこの先どうなるのだろうと不安に思う自分を映画の何処かに投影する。
 眠くなるまで二度目の鑑賞をした。二度目のほうが何だか純粋に映画を楽しむ気分になっていた。

マッキーを聴いている。 ちなみに、個人的にミランダの悪魔ぶりで最もハマッてウケたのが、彼女がオフィスで何時も飲むスタバのコーヒーを、新人であるアンディがまだ持って来ていない事実を知り、ささやくように静かに「わたしのコーヒーは何故ないの?あの子、死んだ?」と吐き捨てる台詞である。
 
 そういえば最近、学生のひとりから携帯に「先生ー、生きていますか?」とメールが来た。
 まだ死んでなるものか。と返信。

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