風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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明るい悩み相談室 :: 2010/04/04(Sun)

 かつて中島らも氏が新聞に連載していた「明るい悩み相談室」は、相当面白かった。悩みの殆どはきっと、そのときその人物の心の内側で足したり引いたりしていても仕方がないのだ。だとすれば「何だか自分が悩んでいることってちっぽけだなぁ」と思うために誰かに話して笑ってしまうのが一番だ。ただ、それは最も高尚な手段だとは思うけれど。

 ところで、最近、私のもとにも、若き青年らより時折「お悩み相談」らしきものも届くのである。以下を「夜も眠れません」シリーズと呼んでいる。

 『ぼくは、今ここに存在していてもいいのだろうか、と最近よく思います。存在している意味がよく分からないのです。太宰治の人間失格な気分です。これって、いったい何でしょうか。考えると夜も眠れません』とか。

 『恋人が出来たら、もう何もかもがどうでもよいくらいに幸せだと思います。でも、恋愛と性の関係について考えはじめると、なんか、奇妙に虚しくなって来るんです。夜も眠れません』

 私が心がけていることは親身になりすぎない、説明はしすぎない、煙に巻いてしまう、ということだったりする。もっとも、構って欲しいという欲求が彼らに共通してあるのは分かるので返信は必ず書く。

 Re:不確かな存在について。幸福について。愛について。
 
 『自分は存在してもいいのか?人は、一生涯を通じて自分以外に自分を承認してくれる他者を求め続けます。思うに、自分を取り巻く人との繋がりのなかにあなたが探してる「満たされない」何かがあります。

桜のにおいってするかな? 幸福と不幸は背反する概念ではない。不幸があって幸福が感じられる。
 また、幸福には刹那的なものと、ストックしていく二つの種類のものがあります。後者は、長期的な努力が基盤にあり、自分の成長欲求を叶えていくためには日々の辛さにも耐え得る類の幸福です。
 現代では、すでにお金では買えない一番得難い幸せを、みなが追求しはじめようとしています。

 「愛」とは「独占欲」「切なさ」「献身」「性的融合性」の要素によって説明されると考えた心理学者もいます。しかし、「愛」という概念は近代的産物で、規範的な側面すらある。人間が綿々と構築してきたものであるし、人の数だけ「愛」の定義はあるとも考えられる。その多様な愛の概念においては、必ずしも性と同一線上にあるとは限りません。

 さて、君はどんな風に人と繋がり、どんな風に幸せを実感する方法を獲得し、どんな人間になりたいのですか』
  
 こんな返信にもかかわらず、驚いたことに翌日にある学生から割と真面目な返信が返ってきた。どう生きたいか考えてみた、と言う。
 「なんか、先生、ありがとうございました」と書いてあったけれど、一週間後にまた同じところに自分がいることを知るのかもしれないなと、我が身をかえりみる今日この頃。

 でも、「明日が来る」ってことが、普段は気づかない一番しあわせな事だ。 

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Megさん、こんばんは。

人生について悩むとかって、それ自体が幸せなことのような気がします。
仕事に追われ、生活に追われ、ストレスが溢れてくると、人生というより「今」や「明日」の「嫌なこと」だけを悩み始めると思うんです。
語弊があるかも知れませんが、他に何も悩むことが無いときにこそ人生について悩むような気がしています。
だって、答えなんか出ないんだもん、それ。答えが出なくてもいい悩みですよね。

>太宰治の人間失格な気分です

秋葉原で無差別殺人をした加藤っていましたよね。派遣社員だったあの人。
彼も太宰治も同じですね。Megさんが仰られている『人は、一生涯を通じて自分以外に自分を承認してくれる他者を求め続けます』で、他人の承認を得られない、または得られていないと感じたことで、自分の存在を「死」や「殺人」で表したのだと思います。
でもそれは、彼らだけでなく誰にでも起きうることですね。

それはそうと、今回貼られている写真はSatoさんが撮られたのですよね?
でもMegさんのブログに貼ってあるということは、Satoさんは使わないと判断されたのだと思うのですが、この写真、とても良いじゃないですか。
桜ってのは、こうやって撮るんだと言わんばかりの秀作だと思いますよ。

  1. 2010/04/07(Wed) 21:19:55 |
  2. URL |
  3. akasaka #r5rhURPY
  4. [ 編集 ]

akasakaさん、こんばんは^^

今朝の夢に小田さんが出て来て、私のことを「君、そこにいたのか」と言って軽くハグをしてくれました(*^^*)
最近、1年間の活動をまとめた小田さんのDVDで
何度もアーチスト同士のハグシーンを観ていて、
私も「あんな風に互いを称え合いたい!」と相当感化されたみたいです(笑)

>人生について悩むとかって、それ自体が幸せなことのような気がします。

そうですね。
悩むっていうのは、「これしかない」状態では起きない感情で、
どうあるべきかと「選べる」ことがまずは前提になっていますものね。

それでも、学生のいわば有り余る時間に比して、まだ自分も他者も十分に自分を承認しない
「何者でもない」という圧倒的な無力感というのは、覚えておくべきだとは思いますね。

私の大学時代と言えば、クラブ活動が生きる上で必要なものの殆ど与えてくれていました。
あのひとに認められたいという明確な目標とする人物がいて、成長欲求を日々満たしていましたし、
仲間と一緒に何かをつくりあげるプロセスは所属の欲求を満たし、
何よりステージで音楽を披露して拍手を貰う事は「承認」の象徴そのものでしたから。

すごくシンプルに生きており、日本経済や就職、将来のことなど殆ど考えずに
さらに学生時代を何年も引き延ばした私が感じるのは、
「いつかはちゃんと考えねばならない試練は来る」ってことでしょうか(笑)

>秋葉原で無差別殺人をした加藤っていましたよね

そういえば、この事件を大学生たちは結構、
人ごとでなく熱く語る者が多いんですよ。
「経済的にも社会的にも何の不自由もなかった筈が・・・」と
新聞に書かれていた事実に大きく反論するんですよね。
彼の行動は決して許されないけれど、理由なき犯行ではなかったと。

最近思うのは、「悩み」とは内に秘めたるもので誰にも開示されたないという印象があったのですが、
彼らは結構、明るくライトに自分を語りますね。
しかも対面している時とはまた違って、案外さらりとメールなどに綴られます。
「悩み」そのものの開示は今、一つのコミニケーション・ツールなのかもしれないです。

>Megさんのブログに貼ってあるということは、
>Satoさんは使わないと判断されたのだと思うのですが、
>この写真、とても良いじゃないですか。

そうでしょ?^^
私はこれが一番好きだったので推したのですが、本編から漏れました(笑)
似たイメージのが多いから外したって言っていました。
一時はそんなことお構いなく似た印象のものも「いいものはいいんだ!」って貼っていたのですが、
運営上、いろいろ考えておるようですね(笑)
  1. 2010/04/07(Wed) 22:26:42 |
  2. URL |
  3. Meg #T0ca3UNU
  4. [ 編集 ]

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