風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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ひとりっこ。前編 :: 2010/05/08(Sat)

 私は正真正銘の一人っ子である。 
 
 以前、附属の小学校に仕事で出向いた折り、担任の先生から「クラスの半分が一人っ子なんですよ」と聞かされた。はぁ、そういう時代が来たのかと思った。
 しかし、「ひとりっこが半分」の後の発言のほうが、実は個人的には興味深く思ったのである。「あぁ、だからかって分かったんですよ。うちのクラスの子って皆あっちこっち向いてて、全然同じほう向けへんのですわ」。そう聞いて、ひとりっこがもはやマイノリティでなくなっても「一人っ子神話」は健在なのかと、一瞬の隔世の感のあとに一気に元に戻るという不思議な気持ちになった。
 
 神話と言えば「3歳児神話」という言葉が、なんと昨今、多くの学生に通じない。そんな言葉を聞いた事がないらしい。そういう学生たちはそれでも「子どもが小さいうちは預けたりせんと、側に居てあげなって思う」と言う。この手の神話は「真実ではないにもかかわらず、まことしやかに信じられている幻想」だと思っていたが、どうやら「真実であるかどうかなど関係なく、そうあるべきと思いこまれている規範」なのかもしれないと思う今日このごろ。

 さて、私は「一人っ子」というアイデンティティをかつて強く意識したことは殆どない。が、当時はことある事に「一人っ子って○○だよね」と言われていたのを思い出す。それをとりわけ生き苦しいほどの抑圧として感じたことは一度もないが。一人っ子に対するステレオタイプなレッテルは沢山あって、象徴的なのが「ひとりで育つと協調性がない」「他者を思いやれない」「わがままに育つ」などなど。協調性がないと言われるかと思えば、一方で、ひとりっこは「すぐに人の顔色をうかがう」というのも聞いたことがある。 

 ちなみに、私自身は、きょうだいのいる友達に「きょうだいが大勢いて羨ましいな」「お兄ちゃんとかお姉ちゃんって優しくしてくれるからいいな」などと一度も言いたくなった事はない。しかし、きょうだいのいる友人たちは子どものころ、何度か私に「ひとりってなんか寂しくない?」「いいね、おやつとか一杯貰えるんでしょ?」などと言ったし、その保護者は「お母さんとかお父さんにたっぷり甘えられていいね」と言われた。悪気はなさそうだが、とても余計なお世話である。社会のなかの少数派は多かれ少なかれそうやって好き勝手に言われるのはある種、宿命のようだ。

 これら一連の周囲からのラベリングを敢えて大げさに「ひとりっこ迫害」と呼ぼうと思ったのは、もっとも象徴的な出来事が中学1年のころ起きたからだ。
 

  1. 未分類
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  3. | comment:6
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comment

Megさん、こんばんは。お久しぶりです。

この記事の内容と直接的には関係無いかもしれませんが、僕の「一人っ子」に対する感想と意見をちょこっと述べたいと思います。

小さい頃僕は一人っ子にすごく憧れました。三人兄弟の末っ子であるが故に親の愛情を独り占めにしたいと強い欲求もあったと思いますが、毎日兄にいじめられて育った僕は、その兄がいなくなってしまえばいい!とばかり考えていました。だから、煩わしい兄弟は不要=一人っ子、という結論になったのだと思います。
もちろん、その願望は叶いませんでしたが。

しかし、考えてみると、当時僕の周りには一人っ子という子がほとんどいませんでした。記憶を呼び戻しても、一人もいません。
ひょっとすると、一人っ子というのはテレビなどのドラマの中の話だけだったのかもしれません。
そして、そのドラマの中の一人っ子は、とても魅力的な子供だったような気がします。

まず第一に、親がお金持ち。なんでも欲しいものを買ってもらえたり、外国に旅行に連れてってもらったり、家の中に自分専用の部屋があったり。
時々大きな高級車で学校に送ってって貰えて、穴の空いた靴下などもちろん履かない。お小遣いは毎日食卓に置かれていた10円玉一つなんてことはなく、時代が時代だったら無制限のクレジットカードを持たされていたかもしれない。
科学と学習だって毎月両方買ってもらえていただろう。

あ、そうか。親の愛情独占や兄弟不要論が一人っ子に対する僕の願望だと思っていたけれど、単に「お金持ちの家の子供」に憧れていたのかも(笑)いや、間違いない、お金持ちの家の子供=一人っ子、というのが幼い頃に僕の中に刷り込まれた「一人っ子像」なのだ(笑)

ということで、やっぱり一人っ子に憧れる僕なのでした(^^)
  1. 2010/05/24(Mon) 21:52:17 |
  2. URL |
  3. akasaka #r5rhURPY
  4. [ 編集 ]

akasakaさん、こんばんは^^

akasakaさんはいじめっこなお兄ちゃんと、
優しいお姉ちゃんがいてくれてよかったと思いますよぉ。
読んでいたら、勝手にそんな気がしました(笑)
親からの愛情だってね、きっとそんな(どんな?:笑)akasakaさんだと、
しっかり独り占めしていたら「あったりまえ~」とか思って
ちっとも有り難くも嬉しくなかったかもしれないでしょ?(笑)

>ひょっとすると、一人っ子というのはテレビなどのドラマの中の話だけだったのかもしれません。
>そして、そのドラマの中の一人っ子は、とても魅力的な子供だったような気がします。

あ、私のことですか?(*^^*)
ええ。私はやや”すっとこどっこいな天然女”であることを覗けば
それなりにひとりっこの魅力満載ですよ。

>親がお金持ち。なんでも欲しいものを買ってもらえたり、

小学生の頃、「みんなアレ持ってるから欲しい」と母にねだると、
「みんなって誰と誰と誰?クラスの半分以上の子が持ってる?」と
厳密に聴かれて、ううっと反論できなかったりしてね(笑)

>外国に旅行に連れてってもらったり、家の中に自分専用の部屋があったり。

外国旅行は高校生になってから初めて行きました。
自分専用の部屋はある時期からはありましたが(笑)

>時々大きな高級車で学校に送ってって貰えて、穴の空いた靴下などもちろん履かない。

父がある時期まで乗っていた車は陰で学生らに?
「ぼろーらー」と呼ばれていたとか(笑)
穴の空いた靴下。今でも気づかずに時々履いています!

>科学と学習だって毎月両方買ってもらえていただろう。

おー。これは両方買って貰っていた時期があった気がします。
へー。akasakaさんの頃にはどんな付録とかついていたのかな。
私の頃はカブトガニなんて付録についていて、
しばらく自宅の水槽で飼っていましたよ♪

>お金持ちの家の子供=一人っ子、というのが幼い頃に僕の中に刷り込まれた「一人っ子像」なのだ(笑)

はい。それは単なる思いこみですからねー(笑)

甘えん坊の三男坊はこれだからさっ・・・ふふっ。
  1. 2010/05/24(Mon) 23:00:05 |
  2. URL |
  3. Meg #T0ca3UNU
  4. [ 編集 ]

でも、でもひとりっこはひとりっこだけにしかわからないことあるよねぇ
兄弟欲しくなかった?って聞かれても、兄弟もったことないし、わかんないよねぇ

それなりに、愛情を与えられてるし、悪くないよねぇ^^

ひとりの時間はいつも欲しくなるけどね^^;
  1. 2010/06/11(Fri) 23:58:22 |
  2. URL |
  3. ken #-
  4. [ 編集 ]

kenちゃん、改めてこんにちは。

掃除・洗濯・ダンシャリの最中に書いています★

>ひとりっこはひとりっこだけにしかわからないことあるよねぇ

そうなの?(笑)
kenちゃんが思い描く「ひとりっこしか分からないこと」が
私も分かるかどうかは自信がないけれども(笑)

ま、「あなたに私のことはわからない」と言われてしまうと
それは当然で何も言えないからね。
「あなたのことは全部分からないかも、しれないけれど
分かりあえる部分も沢山あるような気がする」と
言い合えるほうがいいと思います^^

>それなりに、愛情を与えられてるし、悪くないよねぇ^^

kenちゃんはそう感じているのですね?

私も愛情を貰ったと思っています。
でも、もし、きょうだいが居ても私の両親は
同じように愛情を与えてくれた
のではないだろうかと、「私は」感じています。

私がこの記事で言いたかったのは「ひとりっこ」に
対する悪意はないのであろうステレオタイプな見方を例にして
「人はみな、それぞれってシンプルなことに気づこ?」
って事だったのですよ、kenちゃんv-410
  1. 2010/06/12(Sat) 16:32:43 |
  2. URL |
  3. Meg #T0ca3UNU
  4. [ 編集 ]

はじめまして。『ひとりっ子迫害』どころか、『1人っ子』という呼び方をこの世からなくしたい、と思っているほどです。

『兄弟がいなくて寂しい?』とか、『彼も一人っ子で、友達みんなと別れて家に帰るのが空しい、と言っているのが分かるね?』と聞かれて『えーっ?』と思ったことがありました。兄弟がもとからいないのでそれが普通だったし、たとえば『沖縄の人は美しい雪景色を見られないからかわいそう』、というのと同じではないかと思います。

一人っ子は親の愛情を一身に受けるので自己中心になりやすいと言われますが、親に対する『責任』(親との間でのあらゆる面倒なこと)も一身ということをこの年になってひしひしと感じます。ある介護の本に、姉妹で病気の母親をタライ回し、という例が出ていましたが、『そらみろー』と、鬼の首取ったように大声で笑ってやりたいと思いました。それから、兄弟で争ったりすることがないから闘争心がない、とはよくいいますがそれは日常生活でその必要がないだけで何かあったらぶっちぎりの闘争心を見せるのも兄弟のいる人には想像がつかないと思います。徒党を組んで親に反逆する可能性のある『兄弟』とその可能性の全くない一人っ子をいっしょくたにして人間性や社会性の優劣を論じられてたまるか、ということです。

一人っ子という言葉をこの世からなくしたい、というのは『ひとりごと』とか『独り芝居』、とかいうように、一人とつくものは『2人以上が普通』という意味なのでもとから兄弟のいない者には全く理解できないはずの言葉を押し付けられているように感じるからです。
  1. 2010/06/26(Sat) 14:51:12 |
  2. URL |
  3. うさぎぴょん #8BVVCO5Y
  4. [ 編集 ]

はじめまして、うさぎぴょんさん。

コメントを寄せて頂いてありがとうございました。

>『ひとりごと』とか『独り芝居』、とかいうように、
>一人とつくものは『2人以上が普通』という意味なので
>もとから兄弟のいない者には全く理解できないはずの言葉を
>押し付けられているように感じるからです。

はい。よく分かります。
うさぎぴょんさんが感じてしまうような「抑圧」を
この社会のなかで「ひとりっこ」に限らず大勢が受けています。

たとえばシングル親の家族であったり(親2人が標準とされているため)、
ジェンダーマイノリティの方々であったり(この世には男と女しかいないと思いこまれているため)
挙げれば全くキリがありません。

この記事は、当初、ひとりっこ以外の人への申し立て・・・は目的とはしていませんでしたが、
私と同じように一人っ子として生きている方のなかには、そこまで強烈な抑圧を実感している人も
居ると知るよい機会になりました。

私たちの社会は”標準”を決めたがるのが好きですね。
それは時に「社会的秩序や規範」にさえなります。
何故かと言えば、それがあると考えずに済むので何かとラクだからなのかもしれません。
ある意味では、私たちはみな無意識のうちにもその枠組みの
恩恵のなかにいるのかもしれません。

ただ、その基準とか標準は何を根拠に支えられているのかと言えば確固たる根拠はなく、
「だいたい多くのひとはこうある筈だ」といったような人々の<まなざし>だけが基盤です。

そういう「これが当たり前」があると、何度も言うようにある事柄を予想したり
推測したりするには便利ではあります。たとえ、それがあてはまらず間違っていても、
例えばひとり=さみしい。というわかりやすい公式は、人をどこか「安心」させるのです。

学生の話を聞いていて時々驚くのは「さみしい人と思われたくないから結婚したい」。
でも、現実には、結婚をしてもさみしい人はいるでしょうね。
とにかく人は出来るだけわかりやすく安心を求めて生きたいのです。

まぁ、でも人はもうちょっと複雑で、他人はわかりやすい方法(標準)で理解したいが、
自身の個別性は尊重されたいとも思って生きている。
多数派が作った規範はあったほうが便利だからといって、マイノリティを排他してもよい、
という事とは全く意味が異なる・・・ということに気づこうよ、ということを
若い人にどうやって説明しようかなと思いながら書いた記事でした。
  1. 2010/06/26(Sat) 23:38:40 |
  2. URL |
  3. Meg #T0ca3UNU
  4. [ 編集 ]

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