風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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すべてはうたかた。 :: 2010/06/06(Sun)

 土曜日、朝から部屋に掃除機をかけていると玄関のブザーが鳴る。
 
 私は普段、想定されている宅急便関連のひと、約束が決まっている訪問者以外は一切扉を開けない生活である。ところが、夜に配達されるはずの宅急便が早めに来てしまったのかと思わず「はい」とインターンフォンごしに返事をしていまった。
 おとなしげな中年女性の声でなにやら言っているが用件がわからない。『このごろのストレス社会のなかでね、心のよりどころを皆さんが・・・」と言った時点で宗教の勧誘と分かる。相手はやたらに丁寧で、そして引き下がる気配もないので、「ごめんなさい、来客で手が離せないので失礼します」と言ってあとは聴かずにそっと切る。

キック!! ストレス社会。確かに潜在的なものも含めてストレッサーになりそうな要素を数えてしまうと、もうキリがない。どうせ、それなりの時が来れば、殆どのことはいかなる形にせよ流れて行ってしまうのだ。最も短いもので一晩眠れば半分以下のストレスになるものだってある。小耳に挟んだ話では嫌なことがあってふて寝してしまうのは、案外、理にかなっているらしい。眠りはある事柄を一度リセットするためには最も効率よい手段だそうだ。眠らない人は日中に受けた心の傷が地続きになりやすい。そうしたわけで、私は「日にち薬」は信じている。時ゆけばすべては泡沫の夢になる。あるいは思い出の歌となる。
 
 しかし、まぁ、てっとり早く気持ちを切り替えるために、私がもうずっと昔から行う身近な営みは「書く」ことだったと思う。若い頃は「次からどうあればこのようなストレスを感じずに済むか」を書き連ねる「目標主義」だった。そしてその目標が果たされるかどうかは別として書くだけで当時は、その場しのぎのリセットが可能だった。
 この頃では、落ちた気持ちのきっかけに始まり「根本的には、何に心が痛んだのか」を割と見つめる。うんと見つめる。結局そうゆうことなんだな、と分かるまで書く。あとはリフレーミング。この出来事の見方をどんな風に変えられそうか、落ちたときは実はチャンスを獲得する大きな機会と思いこむこともある。とにかく、あとは「こうした気持ちでいよう」と決める。眠る前にそれをしてから朝を迎える。あとはまた忙しい日々のなかで、一つ一つのストレスは自然に相対化していく。ごく最近では、「いつもより、ゆっくりと丁寧に家事や片づけをしてみる」ことも心の秩序を取り戻す割とよい手段である。

 人の心は15分でも変わる、とそう思うことがある。
 地球規模でみれば、あまりにもささやかな人の一生なのに、全くあらゆることに一喜一憂して、ひとって、だから愛おしいとも思う。

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