風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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諦観。 :: 2010/08/06(Fri)

 とある研修大会に招かれての講演。当日を迎えるまでは気が重いが、たいていの場合は終わってみると「あぁ、やらせて貰ってよかったなぁ」と感じるものだ。今回もまた、普段は自身の領域よりやや外側にいらっしゃる層の方々を対象にした会だったのでまた一つ経験値が上がった。
 時間配分まで自由にやらせて頂けるならば、この頃は、時間いっぱいを使って一方向的に話す事はもうやめた。必ず最後に短くともワークショップ型ディスカッションを採り入れて参加者同士でも話して貰う。という方法論を昨年あたりから学んだ。これは100名を超えても十分に可能であり有効だ。ただ、もしかすると講演者自身が壇上からすたこら降りてしまい、自らマイクを受講者の方々にどんどん向けていく方法はあまりないのかもしれないが、幸いな事に私には威厳も威圧感もゼロな人間である。発言を求めた方たちはちょっと照れつつも、なかには嬉しそうに割と伸びやかにお話してくださる。

 それにしても、この二週間ほど、体調が整わないことも手伝って準備が億劫でたまらずに結局、いつものように前日の夜までかかって資料に手直し。やっかいな事に、ある到達点を過ぎると「もっとこうしたい」「この資料も付けたいなぁ」などと意欲が突然わき上がって来るのである。何故、せめてその意欲が二日前に沸いて来てくれないのか。悲しい実態である。アドレナリンが前夜にピークに達するとよく眠れないではないか。しかし、何よりストレス値をあげている状況は「やらなきゃいけないんだけど、やだなぁ」と思っている、あのおびただしくも長い長い時間である。この手の事柄は、この日記にもさんざん書いてきた。

 が、あの小田さんでさえ、今月のプレスのインタビューで「曲作りに入ると途端に体調が悪くなる」だの「スタート地点にさえ立てないまま時間が過ぎることのほうが多い」、あるいは「集中力がない」などと語っている。才気溢れるアーチストK.Odaと、自分のような凡庸な研究者を並べるのはあまりにおこがましいが、読みながら半分くらい「あー、私も一緒一緒」と共感する。

 もう共感し過ぎて胃が痛くなったほどである。まだ8月は数回にわたって、こうした修羅場を超えてゆかねばならない。苦しみから逃れたいのならば、行動するのみである。と書くのは簡単である。私にはおそるべきDNAという呪縛があるのだ。
 10年近く前になるが、我が父が突然「北の国から」にハマり、わざわざ全巻借りてきて、毎日、涙しながら見続けていたことがあった。父にはほとんどそのような習慣がなかったので、私が「急にどうしたの?」と母に聴くと、母はあっさり「逃避よ。したくないのよ、仕事」。

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