風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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無力であろうと。 :: 2011/03/18(Fri)

 全学的にも被災地への支援を教職員・学生全員で考え実行する大きな流れができつつある。大学の果たすべき当然の義務だろう。

 ゼミを終えて学内での用事を済ますべく学生と歩いていると、珍しくも小さな子どもを二人連れた女性とすれ違う。大学院生だろうか。3歳くらいの子どもがニコニコとあどけない表情で私たちを見つめているので「コンニチハー」と声をかける。暗く沈んだ世界を明るく灯すような、純朴可憐な声で「コンニチハ!!」と嬉しげにお返事。子どもは「天使」などでは断じてないが、その成長していく姿とは、やはり希望そのものだ。

 「学内のあちらこちらで、子どもを連れた教職員や学生がおおらかに闊歩できるようになるのも夢ではない」と、半年前あたりは思ったりした。だから、できる限りの奔走もした。しかし、今では少々の挫折感と無力感のほうが大きい。それでも何もやらないで済ますよりは、ずっとよかった。
 ある学生が、震災地から届く小さな子どもやその母親の姿が映し出される映像には胸が締め付けられそうになると話していた。
 たとえ、わずかであっても大勢が義援金を送り続けることは経済的な支援はもとより「あなた達のことを寄ってたかって誰もが心配して見ています」という想いを届ける、ということ。そんな自己満足的な感情など何の役にも立たないと言うひともいるだろうが。 

 夜の研究室にこの春、退職される先生が、先日のつつましやかな送別会へのお礼に来てくださる。顔をまっすぐに見る瞬間まではそこまでの感傷がこみあげて来るわけではなかったのに、すがすがしい笑顔を見ていると急にさみしくなるのだった。

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