風と君を待つだけ

~my ordinary days vol.3~




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気まぐれに。 :: 2013/12/08(Sun)

 11月とある日2あれが終われば、これにケリがつけば。もう少し心やからだが波に乗り切れたら。
 そんな素晴らしく完璧な日は、待っていても、まずはやっては来ない。日々、言葉はあふれてくるけれど、こうした場所に刻むことばは何がふさわしいのかちょっと分らなくなる。それでも、気まぐれというきっかけに乗る。
 
 先日、整形外科に行った。ほとんど掛かった経験がない場所だ。朝、起きると右の中指間接が赤く腫れあがってウィンナーのようであった。やたら痛いし。とくに負荷をかけた訳でもないのに、なんじゃ、これは。
 これまでは、明らかに「あの時に負担がかかった」と自覚した上で痛みがあっても放っておいた。すると、半年くらい痛みが残ったり、治っても間接が太くなったり、カクカクした違和感を残したままになったりした。
 
11月とある日 何でもない日も「想い出」という目印に撮っておく。これからも続くのだろう。

 
 人の手や指は、そのひとの人生を色々な面から映すものなのだろうなぁ。
 
 ところで、診療時間外であったにもかかわらず対応してくれたのはとても温厚そうな話し方ではあるが、とぼけた、おじちゃん先生だった。
 
 「寝ている間にぶっつけたんと、ちゃうんかぁ?」
 「一応、検査だけしとこや。な?レントゲンとリウマチの・・・ほれ、あれ。・・・おーい、○○さーん、血はどんだけ採るんやっっけ?チェック項目は、あれと何やったかいな?」
 「あんた、細いけど採血、大丈夫?」(一体、どれだけ大量に採血するのかと思った。)
 「湿布はしといてな。固定されるし。え?_パソコン使っていいか?あかん。片手で打って。」

 レントゲンで骨に異常なしと聴いたのでもう半分は平気な気がして、助言はまったく守らず、湿布をしたままパソコンで大量のレポート添削をした。ストレス解消に、ギターのアルペジオ早弾きを練習してみる。ギターは問題外だが、指を固定していたほうが、キーボード打ちは負担が軽くなる気がする。

 原因不明で痛む指を見つめて憂鬱になった朝から三日目、すでに腫れはおおむね引いている模様。おそらく「寝ている間にどっかぶっつけた」んであろう。
 ちなみに診療時間より半時間も遅れて赴いたため、「預かり金」なるものを5千円置いて帰った。電話で検査結果を尋ねる案は却下。また今週、あの先生に会いに行く。「何も問題ありませんね」という一言を確認し、レントゲン+血液検査の代金を支払うのだ。
 

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一途に。 :: 2013/05/26(Sun)

 iPhoneを紛失した。
 まだ、一年と少ししか使っていなかったのに。

初夏1 先週、思うところあって、夕刻から夜にかけて日々「歩く」ことに励んでいた。Odaさん風に言えば「根性」のために。真横を駆け抜けてゆく足取りの軽いランナーの背中が眩しかったけれど、急に走ると、もう翌日は歩くこともままならぬ体力しか今の自分にはないだろう。それでも、iPhoneアプリで計測して9キロ以上の距離を、日々、てくてくと歩いていた。今思えば、駆られたように一途に歩いていた。

 「一途」である方法や対象は、ほかにも幾らもあった筈だけれど、とにかく懸命に歩いていた。その間に、そうなることは初めから決まっていたかのように、忽然と「彼女」は姿を消した。折り返し地点で、彼女が画面上のアプリで示していた「55分」を見つめたのが最後の別離であった。
 彼女は警察にも届かず、検索機能にもひっかからなかった。翌日の朝、早々に開通を止めた。
 以前から、幾つか不具合な現象が増え続けていた。イヤホンジャックにイヤホンが入らない、入力切り替えが、どうやっても速度が上がらない。挙げ句、アラームは、かけた2分前に鳴り始めていた。これほど具合の悪さを訴えているのに病院(アップルストア)にも連れてゆかずに、だましだまし使ってやろうとしていた私に愛想を尽かしても無理はない。

初夏2 そんなこんなで最新機種を手にすることになってしまった。この後、また面倒が待っていたが、新しいものは何につけて気持ちはよい。偶然にも、先日注文していたApple TVも届いた週末。
 それにしても、手持ちの様々な機器はどれも宝の持ち腐れだ。持っている能力の数パーセントしか発揮させていない。彼らを使いこなせれば、もっと暮らしが彩られることだろう。一方、モノが増える度に(モノだけではないかもしれない)自分の管理を超えたシンプルな暮らしから遠ざかっていくような気持ちにもなる。ちょっと新しいことにはトキめいたほうがいい。回避しようとする志向性も相変わらず強い。彼女が行方を眩ませたことは、災いを福にするまで、まぁ、頑張りたまえという事なのかもしれない。増え続けるケーブルの類にさえ、うんざりしても。
 コンディションが少しずつ戻るなか、絡まってしまった糸はもうそのままに。そこから、僅かにでもくぐり抜けてでも前にゆこう。そうした気持ちを求めて、ただ淡々と当面は歩こう。

 折しも、OdaさんがソニーのCMのために書き下ろした楽曲が、今夜限りフルバージョンで聴けるというので珍しく用意周到にテレビ前で待つ。キャッチフレーズは『この国の本能は、美しいに、一途だ』
 美しい映像と共にシンプルで、祈りのようにも聞こえる歌声が届いた。すっと。心を研ぎ澄まさせるような。息を止めて聴いた。

 「君がいるから・・・」

 隣人のこと、遠くに暮らす人のこと、思い出すな。 

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安心でないことと、希望と。 :: 2013/04/21(Sun)

 くるりが、数年前に京都で開催した音楽博覧会で、小田さんと一緒に披露した「ばらの花」。どうしても全部聞き直したくて収録されている記念版CDを購入した。オリジナルも当然、すばらしい曲だ。でも、とりわけ、このライブパフォーマンスには、観ている人たちの心の震えまで臨場感として伝わってくる。
 シンプルなギターサウンドと、後半に巻き上げていくサビ。小田さんの新しい高音域メロディーと岸田くんの潤むようなオリジナルメロディが相まって泣きたくなる。

 
 ”安心な僕らは旅に出ようぜ”・・・の歌詞に興味を持った小田さんに、確か岸田くんは「ほんまは全然、安心じゃなくて不安でいっぱい(もごもご)」といったような説明をしていたように思う。それがすごく印象的だったので、歌詞カードを何度もかみしめるように読んだ。
 
 ちっとも僕らは安心じゃない。駄目なのかもしれない。でも、だから明日に希望を持ってみたくなる。この曲を聴いたら、せつなさを振り切って思い切り泣いたり笑ったりしたくなるよ、岸田くん。
 
 ちなみに、彼が歌う小田さんの「恋は大騒ぎ」は切ない。高めのキーのまま一生懸命に歌うからかもしれないけれど、その表現には惹かれた。ひょうひょうとした京都人、その自己呈示は崩さないというイメージがちょっと一新された。(小田さん自身は、この曲を40歳を過ぎた頃にリリースしている筈だと思うけれど、ライブでは、もはや振り切った明るさが爆発で、客席にいる私もついついひょこひょこと垂直跳びだ。)

 ちなみ「ばら」繋がり。この撮影時のワンピースは、私には珍しい大きなローズのプリント。
 秋がはじまる頃、お気に入りのブティックで目に留まり、試着はしてみたものの大分オーバーサイズだった。さすがにショップの女性も残念そうに「雰囲気はお似合いかと・・・でも、9センチくらいは詰めないといけませんね」と、後押しはしてくれなかった。
 
 新年明けてからのバーゲンには何処にも行く気分にならず。もう何処もかしこもセールが終わってしまっただろう、ある休日、気分転換に春に着られそうな服を見にその店に再び立ち寄ってみた。すると、昨年、試着したローズワンピが一点だけ売れ残っていた。しかも半分の値段に下がっている。きっと縁があるんだと嬉しくなってお直しをする前提で手に入れてしまった。信頼しているリフォームショップに持っていくと、採寸して1万円もかかった。でも極力ラインを崩さずに2サイズほど小さくしてくれたらしい。
 
 それでも、主に胸周りがまだ若干ぷかっとして「安心ではない」のだが、ばら柄のこの服を、遠回りしてまた転んだりする私の弱さの鎧としよう。

 

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パープルがかった濃いブルー。 :: 2013/04/17(Wed)

 海が見えるカフェに行こうと思い立ちました。
 そこは、わざわざ特急列車に乗って駅からタクシーでほんの少し。わざわざ、そこまでしても出向くにふさわしい癒やしスペースでした。

 とにかくその海のように悠々と広い店内。このカフェの魅力はそれに尽きるでしょう。古いソファや椅子、テーブルが、十分過ぎるくらいの間隔で配置されています。お客さんたちも数組ほど。ここが、近所にあれば通うだろうなぁと思いましたね。
 帰りに、ちょっと久しぶりに海岸線を眺めました。平凡で穏やかでした。すでに夕刻迫り、空はオレンジ色。海岸線は深いグリーンに白い波が光っています。たぶん少し写真歴のある人ならば、ついカメラを構えてしまうのでしょう。どの海辺のまちにもある、ありふれた風景かもしれないけれど。きっと前も同じような気持ちに駆られて同じような写真を撮ったなぁという郷愁を存分に感じさせる海でした。

seaside1.jpg  ところで、その海をみる数日ほど前に、『瑠璃色の地球って、いい曲だね。会津の高校生たちが凛と謳っているのを聴いて感動したよ』ってメールが届きました。「あぁ、そうだそうだ、知ってるよ。私もコーラス部に居たときに歌った・・・」と言おうすると突然イントロが頭に浮かび、事実は、「歌った」のではなくて、「振った」のだと思い出しました。初めて自分が学生指揮デビューをした記念すべき曲です。当時、これが松田聖子が歌った曲だなんて知らず、知ったあともそれを聴く機会を持ちませんでした。
 私にとっての「瑠璃色の地球」は主旋律に加えてアルトやメゾパートを歌う仲間の声と、先輩が奏でていたピアノ伴奏のメロディと、種々の思い出も折り混ざった、全く独自のものだと分りました。一部の記憶は明らかに薄れつつも。だから、懐かしさ余りyoutubeで検索をかけて聞き直してみても、今なお歌い継がれるだけの名曲であることは確認して感動する一方で、当時のあの瞬間が(半分忘れかけていたくせに)たった一度のかけがえなきものだったと、何だかしみじみと思い至るのでした。

 もう少し調べると、この合唱曲の編曲が源田俊一郎氏だとわかり、少し驚きました。
 源田さんと言えば、自分が棒を振らせて貰ったなかでも最も印象深い日本の唱歌メドレーを編曲したひと。源田さんの編曲は、ポピュラー寄りの要素を加えながらお洒落で洗練されており、次から次に変わっていく曲間の伴奏にときめきました。
 歌っても楽しく棒を振っても心が踊り、最後には美しく圧倒的な感動が迫ってくる。正直言えば、当時、譜面を見ながら「聴いたことはあっても、半分も歌えない、歌詞を知らない」というのが私たち世代の現状でしたが。
 私は行きがかり上、高校では毎日、賛美歌を歌っていて、それが自分の心を澄ませるものとは知っていました。賛美歌はイエス・キリストを讃えていますが、唱歌は日本のふるきよき風景や四季の移り変わり、そこで暮らす普通のひとびと、家族や恩師、友たちへの愛を歌うものだったのですね。当時は若くてすごくポップな高揚による感涙が、今は時ふりつもった分だけ心を振るわせます。歳を取るのはいいことです(笑)
 
 
 ↓源田さん編曲の「ふるさと」からはじまる唱歌メドレー:長いですが、ぜひ、最後まで聴いてみてね。


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鏡を磨く。 :: 2013/04/17(Wed)

 これは、少し前の話なので読まれた方はどうかご心配なく。

 私が「くたばっていた」時に「休め」と診断書を書いてくれた主治医は、昔はスポーツをやっていたような大柄な身体つきで、割と豪快できっぱりとした話し方をする男性だ。こちらでつとめはじめて二年目くらいに一度目の危機があって以来、私は彼の患者である。
 基本的に普段は調子はどう?と聞いたあとは、軽い雑談をして、必要な薬をぱっと処方してくれる。私にとってはありがたく、面倒くさくない人だ。彼にとっての私は、「近頃の学生」だの「近頃の若い患者さんの傾向」だのを守秘義務に抵触しない程度にできる「ほとんど手がかからない方の患者」の一人だった筈だ。
 
 ところが、私自身が最もよろしくないときに、できれば主治医のいる病院には行かずに済ませたいと願いながらも薬だけは処方してほしくて這うように行ったのだ。呼ばれて椅子に座って一瞬。もう全てを悟られたことだろうと思う。普段、クールな印象すらある彼がすこしショックを受けたような悲しげな顔になった。が、職業上の苦笑いをつくりなおし、「まっ、あんまり無理せんとってくださいよ。」と言った。「まっ」のあとは吐息に聞こえなくもなかったが、とにかく短い面談だった。

 長く診てきた患者が悪化するとか、一向に良くならないなどは医師としては日常茶飯事の出来事だろう。帰り道、ふらふら歩きながら「あんな先生の顔、はじめて見たなぁ」と思った。ほとんど泣き笑いみたいに見えたくらいだ。
 
 あれから、しばらくして私は分った。あのとき、私があんな顔をしていたんだと。

====================================
 
 授業がはじまった。
 幸いにしてそのことは私の緊張感を高めるものではなかった。反対にマンネリを感じさせるものでもなかった。いつものように新年度を迎えた学生たちがそこには居て、私は必要な分だけねじを巻いた。肩に余分チカラは入っていなかった。だって、できることしかできぬのだ。
 
 「さて、どうして盛り上げようかな」と自然に考え及んでいた。昨年度の後期に私の別の講義を受講してくれていた数名の学生の顔に期待を感じ取った。休学を経て復帰した学生の顔には、「この人は信頼に値するか、自分はこれから上手くやれるか」という不安を感じ取った。最近増えてきた留学生たちには、ちょっと独特の授業方法への戸惑いも感じた。私は経験の限りに頭と心と体を使ってみた。場はやがて私の期待する温度に十分に温まってゆくのがわかった。

 それは一瞬のワクワク感にも似ていると言ってよいのではないか。当然、努力のいるワクワク感だ。得手不得手を別にすれば、私は画策することがどうやら好きだ。異質だけれど尊重できる、というよい空気を創り出す役割を担い、学びを通じて彼らをエンパワメンできれば幸福だ。
 
 講義を終えて教室を出て行く学生たちの砕けた顔をみたときに思った。彼れは私を照らす。そして試練もくれるが、挑戦をさせてくれる人たちだ。学生たちとの相互作用はちょっと面白い。時差もあるのだ。この話はまた。
サクラが咲いている時期はたいていまだまだ寒くて、薄着の上にはコートが欠かせない。

 

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